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2011_09
16
(Fri)07:12

お盆シリーズ⑭  盆踊りの発祥、みちゃったよ~!

すすき念仏

昨日、
我が家の近くにあります
時宗の総本山、藤沢の遊行寺(正式には清浄光寺)
に行って参りました!

9月15日は、なんと「盆踊りのルーツ」と言われます
「薄念仏会(すすきねんぶつえ)」
がおこなわれるのです!

いやー、そんな立派なお寺様がうちの近くなんて、かんなり幸せだなー


なんでも、
もともとは旧暦の7月の14日に行われていたそうです。
じゃあ、お盆のど真ん中だね、ビンゴだ!

そのルーツはと言いますと。
① 時宗の開祖で踊り念仏の創始者である一遍上人が、そのお祖父様のお墓で輪になって踊ったのが始まり、という説。

② 時宗の二祖、他阿真教上人が“江戸の祟り神”平将門の怨霊を鎮めたことが始まり、という説。
(おお、めちゃめちゃすごいルーツじゃないか!
しかし、真教上人は将門公に法号を授与したことになっているから、踊りを踊ったかはよくわかんないな。)

③ 遊行の十四代、他阿太空上人が、加賀の国で源氏の武者・斎藤実盛の亡霊をなぐさめて成仏させたのが始まり、という説。
(またまたすごいっ!謡曲の『実盛』の話、まんまじゃないか!
どうも時宗は、歴史上の有名な霊たちを成仏させてきた実績があるようですね。)


それにしても。なんかバラッバラやねえ。
資料的には江戸時代中期からは、「すすき念仏」がおこなわれた確実な資料があるそうですが…。

まあ、一番ルーツとしたいところは、やはり一遍上人のおじいさまの墓参りでしょうか。
でも、ネットで見る限り、日にちがわからないな…。お盆かどうかは、わかりませんねえ。

あとのふたつは、どうも時宗の遊行上人たちによる、超有名なビッグネームを成仏させた話みたいやね。


考えられることは、
一遍上人に始まる遊行上人たちは、
恐ろしい亡霊たちによる疫病の流行っているところに積極的に行って(もしくは呼ばれて)、
踊り念仏による鎮魂をなさっていた

ということ。

そして、
それがお盆の時期に流行る水による伝染病
―つまり、“水難や生き倒れなど不慮の死を遂げ、手厚く葬られることもないまま苦しんでいる霊たち(いわゆる疫病神化している外精霊・ほかじょうろう)”による伝染病―
を鎮めるために、各地で積極的に踊られるようになった、ということではないでしょうか。


そういえば、
「すすき」って、荒れ野に生えるイメージですよね。
つまりは、村はずれなどのさびしい場所。
そこは亡霊のたまり場であり、村人たちは怖がって近寄らないようなところ。
そういうところでなされた踊り念仏が始まり、なのかも。
(「幽霊の正体見たり枯れ尾花」って文句がありますが、
「枯れ尾花=すすき」のよこに、確かに哀れな霊たちが佇んでいたのかも…)


うーん。考えれば考えるほど、奥が深い。
こうして、中世を通して遊行上人たちの活躍によって、
「祟りなすまつろわぬ霊たち」はじゃんじゃん慰められていった
、と。


そして江戸になり、けっこう「祟りゾーン」も減って、

なんや「踊り念仏」って辛気臭いから、もっと楽しゅう踊りまひょ♪

って風流化していって、
「踊り念仏風の踊り」
すなわち「念仏踊り」が盆踊りの主流になっていったのではなかろうか、と。


それにしても、ルーツは大事やね。いろんなことが考えられまする。



あと、余談ですが、
遊行寺での「すすき念仏」に使われた十八個の白い提灯。
これを
念仏が終わってからもらって帰って田んぼや畑につるすと、
虫がつかない

といわれたそうな。

これはあれだな、③の実盛の霊を慰めた話つながりだ。
「実盛送り」ってのがあって、
“無念の死を遂げた実盛の霊がイナゴになって、農作物を食い荒らす”と信じられてました
からね。

その害は、かなり悲惨だったこともあるみたいですよ。
三日で見わたす限りの稲が全滅、とか。
そんなまがまがしいことが起こらないように、という切なる祈りにつながるんですね。

あ、今は提灯、持って帰ったらダメだからね。
そこんとこ、ヨロシク。

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C.O.M.M.E.N.T

淡路島は時宗の隠れ聖地

淡路島のたぬきです。(淡路島はたぬき(神霊、天神(タヌキ))の島)
一遍上人の話が出たので逸話を少し、、、
一遍上人は晩年、淡路島の三原郡(現在の南あわじ市)の
淡路国二宮。名神大社の大和大国魂神社(崇神天皇の御代までは伊勢の天照皇太神と共に皇居に並び祀られ天皇共殿共床親祭を祖法とされた大神。大和神社の分祀)に至り、
伊邪那美命が祭神と聞いて(社名に関わらず一千有余年に渡り信仰される。)
深い祈りを捧げ奉り、社前に小屋を営んで布教の拠点となさった。
その際に詠んだ歌板を打ち付けたもの後年永らく有った?

地勢的に、ここはある時期の大和朝廷の西側の結界。
(古来、疫病神(他文物)は西から飛来するとされて、淡路島全体が防塞の地、結界の地。伊邪那岐命が淡路島各地に点在(古の大宮の西に相当する位置)する理由)
真南は沼島~伊島。真北は加古川の河口で両岸には高砂神社と尾上神社。(謡曲、高砂の舞台)
真東は少しずれますが吉野山~滝原宮(天照皇太神宮)、伊雑宮(東の結界)

2015/09/02 (Wed) 08:29 | たぬき #mQop/nM. | URL | 編集 | 返信

Re: 淡路島は時宗の隠れ聖地

たぬき様、
貴重な情報をお教えくださり、たいへんありがとうございました!
淡路島には、一遍上人、伊邪那岐命、そしてたぬきの霊地があるのですね。なかなか興味深いですね(^∇^)
淡路島というと、オノコロ島の伝説を思いますし、たぬきというと、四国だとばかり思っていましたが、
芝右衛門という有名なたぬきもいたのですね。
勉強になりました。
またお気楽にコメントをいただければ幸いです(^_^)
ありがとうございました!

2015/09/04 (Fri) 08:55 | souryoeishin #- | URL | 編集 | 返信

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