2013_08
08
(Thu)15:18

「お盆のはなし」「施餓鬼のはなし」リーフレット!

さて、ほぼほったらかしのこのブログですが、そろそろお盆です。
ところで、「お盆」と「おせがき」の違いってわかりますか?

「だって、ぜんぜん違うよ!?お盆とお菓子って、のっけてるやつと、食べるやつでしょ!?」

ハイ。「お菓子」ではなく、「お施餓鬼」。

と、またもやクダラナイことを書いておりますが。

今いる名古屋の興正寺でワタシメが作りました、リーフレットを貼りつけて置きますんで、
よろしかったら読んでおくんなまし。

まずは「施餓鬼のはなし」。

施餓鬼のはなし

つぎに、「お盆のはなし」。

盆のはなし

両面刷りで、興正寺にお越しの方には差し上げております。(もちろん、期間限定。)

文章はもちろん、背景の画像加工からイラスト、
そして表紙の蝶のデザインまで、ぜーんぶ、ひとりでやったっぺよ。

なにか質問があれば、じゃんじゃん、お待ちしてまーす!
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2012_08
14
(Tue)07:13

盂蘭盆経、印刷して読んでみよう!

夏だ!お盆だ!
というわけで。

お盆の主役のお経、『仏説盂蘭盆経』をワードで作ってみました。
(即、お勤めで使える、実践的なやつです。)

とりあえずは画像化して貼っておきましたんで、印刷して使えないことはないと思います。

Seesaaブログにて、PDF形式でアップしましたので、
このブログのjpegで印刷するよりは、きれいに印刷できるんじゃないかな。

( ↑ ↑ ↑   リンクあり。 )

“もっときれいに印刷したい”、“ワードデータで欲しい”
という方は、メールにて問い合わせ下さい。

souryoeishin@gmail.com


です。


内容については、また別の機会にお話しましょうか。


お盆が終わってるかも、ですが…。
(それじゃあ、意味ないじゃん!オワッテル・・・)



s_urabon.jpg
s_urabon_01.jpg s_urabon_02.jpg
2011_09
16
(Fri)07:12

お盆シリーズ⑭  盆踊りの発祥、みちゃったよ~!

すすき念仏

昨日、
我が家の近くにあります
時宗の総本山、藤沢の遊行寺(正式には清浄光寺)
に行って参りました!

9月15日は、なんと「盆踊りのルーツ」と言われます
「薄念仏会(すすきねんぶつえ)」
がおこなわれるのです!

いやー、そんな立派なお寺様がうちの近くなんて、かんなり幸せだなー


なんでも、
もともとは旧暦の7月の14日に行われていたそうです。
じゃあ、お盆のど真ん中だね、ビンゴだ!

そのルーツはと言いますと。
① 時宗の開祖で踊り念仏の創始者である一遍上人が、そのお祖父様のお墓で輪になって踊ったのが始まり、という説。

② 時宗の二祖、他阿真教上人が“江戸の祟り神”平将門の怨霊を鎮めたことが始まり、という説。
(おお、めちゃめちゃすごいルーツじゃないか!
しかし、真教上人は将門公に法号を授与したことになっているから、踊りを踊ったかはよくわかんないな。)

③ 遊行の十四代、他阿太空上人が、加賀の国で源氏の武者・斎藤実盛の亡霊をなぐさめて成仏させたのが始まり、という説。
(またまたすごいっ!謡曲の『実盛』の話、まんまじゃないか!
どうも時宗は、歴史上の有名な霊たちを成仏させてきた実績があるようですね。)


それにしても。なんかバラッバラやねえ。
資料的には江戸時代中期からは、「すすき念仏」がおこなわれた確実な資料があるそうですが…。

まあ、一番ルーツとしたいところは、やはり一遍上人のおじいさまの墓参りでしょうか。
でも、ネットで見る限り、日にちがわからないな…。お盆かどうかは、わかりませんねえ。

あとのふたつは、どうも時宗の遊行上人たちによる、超有名なビッグネームを成仏させた話みたいやね。


考えられることは、
一遍上人に始まる遊行上人たちは、
恐ろしい亡霊たちによる疫病の流行っているところに積極的に行って(もしくは呼ばれて)、
踊り念仏による鎮魂をなさっていた

ということ。

そして、
それがお盆の時期に流行る水による伝染病
―つまり、“水難や生き倒れなど不慮の死を遂げ、手厚く葬られることもないまま苦しんでいる霊たち(いわゆる疫病神化している外精霊・ほかじょうろう)”による伝染病―
を鎮めるために、各地で積極的に踊られるようになった、ということではないでしょうか。


そういえば、
「すすき」って、荒れ野に生えるイメージですよね。
つまりは、村はずれなどのさびしい場所。
そこは亡霊のたまり場であり、村人たちは怖がって近寄らないようなところ。
そういうところでなされた踊り念仏が始まり、なのかも。
(「幽霊の正体見たり枯れ尾花」って文句がありますが、
「枯れ尾花=すすき」のよこに、確かに哀れな霊たちが佇んでいたのかも…)


うーん。考えれば考えるほど、奥が深い。
こうして、中世を通して遊行上人たちの活躍によって、
「祟りなすまつろわぬ霊たち」はじゃんじゃん慰められていった
、と。


そして江戸になり、けっこう「祟りゾーン」も減って、

なんや「踊り念仏」って辛気臭いから、もっと楽しゅう踊りまひょ♪

って風流化していって、
「踊り念仏風の踊り」
すなわち「念仏踊り」が盆踊りの主流になっていったのではなかろうか、と。


それにしても、ルーツは大事やね。いろんなことが考えられまする。



あと、余談ですが、
遊行寺での「すすき念仏」に使われた十八個の白い提灯。
これを
念仏が終わってからもらって帰って田んぼや畑につるすと、
虫がつかない

といわれたそうな。

これはあれだな、③の実盛の霊を慰めた話つながりだ。
「実盛送り」ってのがあって、
“無念の死を遂げた実盛の霊がイナゴになって、農作物を食い荒らす”と信じられてました
からね。

その害は、かなり悲惨だったこともあるみたいですよ。
三日で見わたす限りの稲が全滅、とか。
そんなまがまがしいことが起こらないように、という切なる祈りにつながるんですね。

あ、今は提灯、持って帰ったらダメだからね。
そこんとこ、ヨロシク。

2011_09
02
(Fri)04:48

お盆シリーズ⑬  9月なのにまだ“おわら”ない!?盆踊りのはなし

さあ、もうタイトルでバレバレですね…。
一応、これで終わりにしようかと思っております、お盆シリーズです。

おわら風の盆、始まりましたね!
とはいえ、現地で観たことはないんですが…。
公式ホームページによりますと、元禄始まりのお祭りで、比較的新しいんですね。

なんでも、
強権支配者から解放された町人たちが、三日三晩踊り明かしたのが由来とか。

それがお盆に合わされ、
やがて「二百十日」の台風シーズンに移されて「風の盆」となったようですね。

どうして「二百十日」に踊るのかと言うと、
「風を鎮めるため」。
つまりは、
風の被害を抑えるため、なんですね。

風の被害っていうのは、直接的な物理被害もなんなんですが、
立春から数えて二百十日めの9月1日頃が、ちょうど稲の受粉の時期だそうで、
この時に台風が来ちゃうと稲の実りに大打撃となってしまう、というわけで、
豊作を祈願するための、要(かなめ)の日、でもあったワケです。

今ですと、
「太平洋沖で発生した台風○○号が…」
と、
はるか遠くで台風が生まれたことも、いつごろ来るかも、テレビッ子はみんな知っているワケですが、
昔は空を見上げながら、ハラハラドキドキのロシアンルーレット状態。

「頼むに、この日だけは台風さま、来ませんように!」
と、
新しいオモチャをジャイアンに取り上げられたくないスネ夫のような心境
になったのが、
この「二百十日」なのでしょう。


もうひとつですね。

“「風」というものが、「厄」を運ぶという考え”

も古代にはあったようです。
「風病(ふびょう)」というやまいがあるそうで、
いわゆる「風邪」もそうなんですが、「中風」つまり脳卒中など、半身不随なども、
悪い風に中(あた)ってかかるやまい、と考えられたそうです。


お盆の季節ではありませんが、
京都は今宮神社に「やすらい祭り」というのがあります。
わが母校、佛教大学の近くで、ここのあぶり餅がおいしいんだよね~。

おお、脱線してた。
現在は4月10日に行われるこの祭りですが、
なんでも
春に吹く風が疫病を流行らせる、とかで、

その風が吹きませんように
風によって(おそらく桜の)花びらが散りませんように
花よ、散らずに安心して(安らって)咲き続けてくださいよ
(なぜなら、悪い風が吹かないんだもん!ほんとだもん!)


というように、不思議な思考パターンで災厄が起こらないようにした祭り(というか、呪術ですね)もあるんです。


まあ、なにが言いたいのかというと、
現代人が忘れてしまった「おそろしい風」といったものが、
「風」を冠する祭りには残されているのではなかろうか、と。


また、「風流(ふりゅう)」というものも、祭りには十分反映されているでしょうね。
平たく言うと「洒落っ気」でしょうか。
独特の美意識ですが、

「やすらい祭り」だって、
“花笠の下で疫病をもたらす風に鎮まってもらう”という中心的な呪術があって、
その前後の行列は、頭に赤いかつら(シャグマ)をかぶったりして、
まさに「風流」で艶やかに賑やかにして、疫病神を楽しませる、
といった考えがあるようですし、

「おわら風の盆」も、
あの独特の笠をかぶった踊り子の姿や、胡弓も取り入れた囃子の音など、
「風流」の精神が、近年になってもなおも改良を加えさせてきたものなのでしょう。
(笠で顔を隠す、というのはどういう由来なのでしょうかね。
あの独特の美しさは、顔の見えない=美しい死者たちが、静かに踊っているように見えます。)


1カ月以上踊りまくる「郡上踊り」もそうですが(9月3日が踊り納め、まだ間に合う!)、
意外と江戸時代くらいからの由緒しかもたない、祭りの中では比較的新しい祭りのなかに、
日本古来からの「風流」の精神が十二分に流れ込み、よりよく洗練され、改良されているように思います。
(おそらくは、ただ伝統を伝えるというだけではなく、
“今でも改良を”という精神が「魅せる芸能」の命脈を保っているのでしょう。)


以前、盆踊りのルーツとして「踊り念仏」という言葉を出しましたが、
“宗教的な祈りたる念仏”が感極まって踊りとなる「踊り念仏」から(あくまで念仏が主役)、
「踊り念仏」が風流化して、“たおやかな、楽しみとしての踊り”へと質的に変化を遂げる「念仏踊り」が生まれるのです。
(いわば、「“踊り念仏”踊り」なんでしょうね。)
これがいわゆる「盆踊り」なのです。

このなかに、さらに「風流」が流れ込んで改良され続けたものが、
「おわら風の盆」であり「郡上踊り」であるのではないかな、と思うのです。
見せる要素があり、それが魅せる要素になっている。
「郡上踊り」だと、初めて観に来た客が、ギリギリ踊りをおぼえて参加出来る難易度に設定されている。
(私も実際、踊りに参加したことがあります。楽しかった~)

もはやローテンションな地域の盆踊りとは違って、
やはり全国に名を轟かす盆踊りには、納得の理由があるんですよねー。

また、お義理で参加する盆踊りにとってかわって、
「ヨサコイ」など若い世代が熱中できる踊りが生み出されていますね。
それぞれの地域で新しいお祭りを創る、なんて動きが画策されておりますです。
ただ、
行政主催の「お祭り」は、なんてったって伝統も神様もおられませんから、
どんなにド派手でも「お祭り騒ぎ」であって、「お祭り」には成り得ませんがね。ハッキリ言って。
(今日はシニカルなオチだな。)

2011_08
26
(Fri)23:56

お盆シリーズ⑫  知らんかったワー、中国盆

長崎に帰省中のうちの妻が、「明日は崇福寺の中国盆に行く」って。

へー。そうなんや。ええなあ。



ちょっとまって、中国盆って、どんなん!?


ということで、付け焼刃でエラそうに語るのもなんなんで、
ざっと調べたリンクを貼っておきまひょ。

文章説明サイト(写真もいっぱい)はこちら

ざっくりした解説はこちら

今年の長崎観光サイト様の案内はこちら



でも、正直、もっとラクに知りたいでしょ?
というわけで、わかりやすい動画サマもみつけておきました。
→こちら


とーってもわかりやすいんだけど、ちょっと残念なのが、

>「施餓鬼」とは、いつも飢えと渇きに苦しんでいる亡者。

というテロップ。
「施餓鬼」やなくて、「餓鬼」でしょ!
その「餓鬼」をご接待してあげることが、
「餓鬼に施す」と書いて「施餓鬼」でしょ!?

そのほかは、よくまとまっていて、わかりやすかったッス。
YOUTUBEなので、関連動画で他の中国盆の動画も見れますし、知りたい方はそちらもどうぞ。

でも、いつの間にかヘンな動画を熱心に探してたりして…。
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