2012_04
08
(Sun)22:01

甘茶で、かっぽれ! 今日は花まつりでした。。

花まつり2012

今日は4月8日。
そう、花まつり!
お釈迦様のバースデー!

甘茶を誕生仏様に、注いで、注いでー。

で、この甘茶という飲み物なんですけど、
正式には
アジサイの亜種の植物「アマチャ」の葉を蒸して加工して作ったものを煮出した汁
なんすよ。
「アマチャ」は、漢方薬として売ってます。

ちなみに、前にいたお寺では、
アマチャの他に
カンゾウ(甘草)
ニッキ(肉桂)
チョウジ(丁字)
そして香りづけとして、
ビャクダン(白檀)
を調合したものを、やかんで煮出してました。

自分で配合すると、
「あー、チョウジ多過ぎて、まっず~」とか、
「やっぱ、カンゾウ多めやとスッと甘いなァ」とか、
いろいろわかって面白かったですね。

それと、花まつりの日にお寺で甘茶をもらって、
それで墨を磨って字を書くと“書が上達する”と言われたり。
また、
その墨で和歌を書くと、虫よけになる、なーんて言われたりもするんですが、
今日日、それを語り継ぐ人も少ないんかなあ、と思ってブログっときます。

その和歌とは、こうです。
「千早(ちはや)ぶる 卯月八日(うづきようか)は吉日(きちじつ)ぞ 
神下げ虫を 退(しりぞ)けぞする《成敗ぞする、という説も》」

うーん、ミステリアス。
その昔は、和歌自体が“神のお言葉”“神威の現れ”と考えられていました。
和歌には不思議な力がある、と考えられたんですね。

たとえば、“泥棒よけの和歌”とか
“火災よけの和歌”とか、
そういったものを“それなりのお方(行者)”に書いてもらって家の中に貼ったりなされました。

そういうセンスですね。


また、“卯月八日”自体が、実は仏教とは関係のない春のおまつり、“山遊び”の行われる日だったのです。
この日に山に行き、花を摘んで帰って家でその花を飾った、とか。
参考サイトその1   その2

まあ、ややこしいことはともかく、
そんな歴史もありーの、
っちゅうわけで。

でも、今ごろ紹介しても、ちょと遅かたアルネ。

来年まで覚えてらんねーっ!
おとといブログ書きやがれーっ!!

ですって?

ごもっとも。
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2012_02
15
(Wed)07:10

今年も来ました、涅槃会!

今日は何の日?
”チョコの安売りの日”じゃ、ないからね!

はい。
今日は、「涅槃会(ねはんえ)」ですね。

お釈迦様の三大法会
(あとふたつは、なーんだ?)

ええっと、ちょっと時間が無いので、
とりあえず過去記事のリンク、貼っておきます。

「みんな、今日は涅槃会、お祝いしたかな~?」2011.02.15


「慙恥の服は諸の荘厳に於いて最も第一と為す(ナニ?ようわからん…ですと?)」2011.02.17


涅槃って、
ナンダカヨクワカンナイ外国のバンドでもなく、
ダレダカヨクワカンナイ俳優が親父を待つところでもなく、
「迷いの世界」、〈三界〉をすべて、すーべてっ!乗り越えた境地!!ですからね!

そのへん、やすっぽくしてしまわないように。

すべてから、解き放たれた境地。
非想非非想処さえ、越えたところ。
うーん、ムズカシイですね・・・。

でわ、みなさまがしゅくしゅくと「涅槃会」に想いを致されますように。
2012_01
01
(Sun)23:51

初夢の見方、知ってる?

そろそろ、初夢を見る時間かな?
カウントダウンが始まっている感じですが、カンタンに紹介しちゃいましょう!

まず、「初」っていつ見るのか、ですが、これは
大晦日から元旦にかけて、という説と、
この1日から2日にかけて、という説があるそうです。

あるサイト様によりますと、江戸時代の初期は大晦日~1日で、後になると1日~2日になる、とのこと。

これは、大晦日の夜から徹夜で寺社参りする風習がだんだん根付いていったからでしょうかね。
江戸の町人文化の広まりが読みとれそうです。


そして、一年の吉凶を占う大切な夢ですから、良い夢を見るための方法が考え出されます。

ひとつには、悪い夢をみない、ということ。
そのために、悪夢を食べるという「獏」の絵や、「獏」という文字を紙に書いて、枕の下に敷いて寝る。

逆に、良い夢を見ようとする、ということ。そのために、宝船を描いた紙を枕の下に敷いて寝る。
ちなみに、初期の宝船は、いわゆる“宝尽くし”と呼ばれるもので、宝珠や鍵、隠れ蓑などの様々な宝が載せられていましたが、
やがて七福神が宝と一緒に船に乗り込んでいる図柄へと変化します。(今でも正月の七福神巡りなどでおなじみの絵柄ですね。)
これもまた、江戸庶民の七福神巡りの流行とリンクしているのでしょうね。

悪いものを恐れるよりも、良い縁起ものを集める。
うーん、なんて前向きな、正月らしい考え方!


ちなみに、宝船の絵には、ある和歌が書かれることが定番だったそうです。ご存知ですか?

「永き世の遠(とお)の眠(ねぶ)りの皆目覚め 波乗り船の音の良きかな」

わかりましたか?よくわかんない?

内容を簡単に分析すると、
“輪廻の繰り返しから抜け出せない迷いの世界・煩悩の眠りから誰もが目覚めて、覚りの世界(それとも宝の溢れる豊かな世界?)へと迎えに来る船がやって来た。その波の音が聞こえる”
ということでしょうか。

これ、「ミロクの世」のイメージが含まれている感じがしますね。ニライカナイとか。
未来の理想郷・苦しみから解放される世界、みたいな。
(“ミロクの世”でググると、新興宗教ばっかり出てきますね。
これってつまり、このイメージは現在進行形で変化し続けている、ということ。
生きている宗教的な核心だけど、それだけに、この言葉を標榜する新興宗教にはある程度用心をしなければならない、ということ。
いいだしっぺの教祖が、いったいどこへ導こうとしているのか、見極めが必要だべよ。)


おお、ついついややこしくなってしまいましたが、
この和歌、内容うんぬんよりも、オモシロいんですよ。よく読んでみて下さい。

気付きましたか?え?なにがって?

この和歌、
上から読んでも、
下から読んでも
おんなじなんですよ!

つまり、「怪文書」ちがった、「回文・かいぶん」なんですよ!


じゃあ、ひらがなと合わせて再掲しておきましょう。

「永き世の遠(とお)の眠(ねぶ)りの皆目覚め 波乗り船の音の良きかな」
「ながきよのとおのねぶりのみなめざめなみのりぶねのおとのよきかな」
2011_12
31
(Sat)21:24

除夜~初詣のお参りの仕方!?

時間がないので、てみじかに。

まず、除夜の鐘。
『勅修百丈清規』によると、梵鐘を叩きながら、「観世音菩薩」と称えるのだそう。
そもそも梵音とは、衆生の迷いを破る響き。
“衆生の悲しみに耳を傾け続ける「観音菩薩」そのものの響き”と観念せよ、ということでしょう。

間違っても、鐘をつく前に「来年こそは大金持ちになりますように」などと、煩悩まるだしの願いごとなどしないよう、お気をつけ下さい。
煩悩を断ち切る鐘の音、ですからね。

正月とは、「正しいオコナイをする月」。
オコナイとは、数日かけておこなう参籠行。
徹夜でカンヅメで、お経をあげ、もしくはそれに参加して籠り続けること。
もちろん、今ではほとんどまともにはなされていないでしょうが、
おそらく、“正月の夜、寝ずにお参りする”というのは、そのなごりなのでしょう。
ちなみに、
一日の始まりは、昔は夕方、日が沈んでからと考えられました。
そういう意味では、31日の日暮れから、すでに「新年」だったのでしょう。
各寺院でおこなわれる「修正会・しゅしょうえ」に参詣すること、それが本来の初詣。

お正月の夜更かしもいいですが、“古人の新年を迎えるあらたまった気持ち”に想いを馳せると、
いつもとは違う、新鮮な新年を迎えられるのではないでしょうか。

では、駆け足でしたが、よいお年を。
南無阿弥陀仏。
合掌。
2011_10
31
(Mon)05:45

よく見りゃ似てる!? ハロウィンと節分!

???ナニイッテンダ、コノヒトハ???

そういう空気にもめげず、ハイ、久しぶりの記事の更新ですよー!

まず、ハロウィンですが、これは古代ケルト人たちの、大晦日の行事なんですね。
11月1日から新年だそうで、その日にはすべての聖人・ご先祖様が集まる、という…

その前日、大晦日には、お化けたちが集まって、百鬼夜行。
それを、ちびっこたちがまねをしての、大仮装&お菓子おねだり行列。
こどもが主役だから、アラ楽しい。
(体のおっきいこどもたちも、仮装しますが。。)


とまあ、キーワードがいくつか出て参りました。
「大晦日」。
「お化け」。
「行進」。

えーっと、我らがジャパンでは…?
「大晦日」→大掃除。
「お化け」→???
「行進」→????

ぜんぜん違うじゃねーか!
そもそも、タイトルの「節分」ってなんだよ!?

そうそう、たしか「節分」のことをこのブログでも紹介しましたよね。
おぼえていーますーか?

節分は、古代中国の「大晦日」。前述の記事の通り。
臘月(ロウゲツ・十二月の異名)の大晦日に、「方相氏」という呪術者を筆頭に、地団駄・打楽器を鳴らしながら、
目には見えない魑魅魍魎を、弓矢・石つぶてなどで追い払う大行進。
(このお祭りを「臘祭ロウサイ」というそうです。「臘祭」がおこなわれる月だから、十二月を「臘月」と呼んだんです!)

さあ、どうですか?どですかでん。
ハロウィン   臘祭
「大晦日」   「大晦日」
「お化け」   「魑魅魍魎」
「行進」    「大行進」

アラ、よく似てるワネー!
ソックリ!双子さん?
エ、違うの!?いやー、ご兄弟かと思ったワー。

もちろん、両者に直接の関連があるなどと暴論をぶちあげたいのではなく。
とっても構造が似ているね、新年を迎えるって、こういう「大掃除」的な準備が必要だって、あちこちの民族が考えたんだね、ってお話。


と、思いきや、娘の小学生新聞で、ハロウィンの起源について書いてあるぞ。
おお、リスペクトしている鶴岡真弓先生ぢゃないか!
なになに。
「ケルトでは新年を迎えるために(死者となっている)ご先祖様たちにも応援に来てもらって準備をした」
もうひとりの先生も書いているぞ。
「ヨーロッパでは、万聖節(11月1日・All Saints Day)は静かに先祖の墓参りをする。今の“ハロウィン”は19世紀のアメリカの学校で始まる」
そうか。あのハデなお祭りさわぎは、ナンチャッテ国のアメリカで始まったのか。なっとく。

では、新年を迎える準備で集まったご先祖様たちの霊を、お化け扱いしてるってこと!?
おそらくキリスト教由来じゃないからなんだろうけど、しっつれいでゴーマンな発想だなあ。。
(しかし、後で調べてみると、「この時期、悪魔たちが大勢やって来るから、連れて行かれないように悪魔の格好をしちゃう」という説明も散見。こうなると、幼名の「捨て名」に似た発想だなあ。悪魔に子どもを連れ去られないために、ヘンな名前をつけちゃう、というやつ。)

となると、むしろ長野の「霜月祭り」のほうが、ハロウィンに似てるのかな?
「霜月祭り」も新年を迎えるために、神様たちが集まって“死にそうな太陽”を応援する、というお祭りだから、
「新年の準備」という点では、感じが似てるなァ。

そういや、十月に神様が集まるのなら、出雲もだよね!
「神在月」でしょ!?出雲では。ほかの地域では、「神無月」「神去月」だけどさ。

そうなると、ケルトで“11月から新年”っていうのも、なんとなくアリなのかな、って気もするな。
「神様ご一行、準備が整いましたー!」って感じで。


うーん、今回は東西クロスオーバーでかんなりいい加減な記事だけど、
共通性を探して並べてみるだけで、けっこう面白いよね。
べつに、だからどうってことはないんだけどさ。

ちなみに、フランス語では万聖節を 
La Toussait 
トゥ サン

っていうんだって。なんか、かわいいよね。


最後に、おまけ。
うちの妻の力作写真。
カボチャ2


 
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