2010_10
31
(Sun)22:55

マボロシのあとがき、その2

 では、昨日に引き続き、あとがきの第2段落です。
なんだか、楽屋ネタ・・・
 

 実は数年前に、忍澂上人の話をお説教でしたことがあるのですが、その時に、「なんと偉大な上人だろう!いつか、わかりやすい現代語訳にして、みなさんに紹介出来たらなあ…」とばくぜんと思っていたのでした。
そうしましたら、今年の正月に法然院様から届いた年賀状に、“十一月十日 忍澂上人三〇〇回忌”と書いているではありませんか!ちょっと考えてみて、思い切って法然院の方丈様に提案してみたのです。この素晴らしい上人の伝記を現代語訳にして本にしませんか、と。また、たたき台でもいいから、その訳を私にさせていただきたい、と。
方丈様からは、「私も考えておりました。宜しくお願い致します」とのお返事!喜んで、早速取り掛かった、のですが…。
前述の通り、私はいい加減なのです。ああ言ったものの、あまりに漢文の素養も知識もなく、下手をすると数行訳すのに一日(日中は仕事をしておりますので)、といったペース。ひとつの単語がわからなくて「お、今日はもう店じまいだ」といった日々が続き、そのうち忙しさにかまけてほったらかしに…という、出版にとっては致命的な状況に陥っていたのでした。
自分で設定した確実に安全、という締め切りを何回か過ぎ、もうダメかな…と思えて来た八月の中ごろのこと。久々に絵本『極楽』でお世話になった風濤社さんに遊びに行き、高橋社長との会話のなかで、「実は、こんな話があるんですが…」と打ち明けると、「うちだったら、これぐらいまでに原稿が出来れば大丈夫ですよ。いろいろと融通も効かせられますし。」というありがたいお話。
もしかしたら、まだ間に合うじゃないか!
と、やっとこさ、やる気を出して、バリバリ(というわけにはいきませんでしたが)訳を再開したのでした。
訳していて思ったのですが、流し読みでも意味の大雑把なところはわかるんです。六~八割くらいは。しかし、「この漢字、なんだろう?」と思って調べてみると…!結構重要なニュアンスの言葉だった、ということがたびたびありました。それがわかると、いきいきとしてくるんですね、江戸時代の人たちの喜怒哀楽が。だから、地道に漢和辞典を引く、というのは大事ですね。やっぱり。
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