2014_01
17
(Fri)05:30

観音百みくじ、第四十九番の、いまだかつてないくわしい解説~!! 

やあやあ、おみくじ専門家のブログ主でっす!(←アホまるだし)
江戸時代にお寺や神社に広まった定番おみくじ「観音百籤」を、
前いた鎌倉長谷寺で、ぜーんぶ改訂しましたからね。

(いままで書いた過去記事は、カテゴリの「おみくじ関連」を参照ください。

で。
今回、ある方から過去に書いたおみくじ記事へ質問をいただきました。
こちらの記事の、この部分。


(以下、引用)

第四十九、吉。
正好中秋月・蟾蜍皎潔間・暗雲如何処・故々両相攀。


まさに好し、中秋の月。 

蟾蜍(=ここではお月様の別名)が白く清らかな間は
(つまり、雲間から秋の満月が出ている様子)
黒い雲もどこにあるというのか。
古なじみ同士、二人してよじ登る。

(中略)

冴えわたる月。そう、まるで秋の名月のような。
今までの問題がウソのように去って、すっかり心も晴れ渡る。
それは、昔からの大切な友に出会ったから。
今だけは、いやな事は忘れて心から楽しもうではないか。


でも実は、ちょっと気になることもあるんだよね。
これ、男女関係でも読めちゃうんだよね。
そうなると・・・
このおみくじを引いた人は、もしかしたら、日常を忘れちゃうような恋愛をしているのかも!?

(引用終わり)


さて。
まずはじめにひっかかるのは、
「蟾蜍(せんじょ)」でしょうか。
読めないよね~、書けないよね~、こんな文字。
意味は「ひきがえる」。「蟾蜍」そのままで、「ひきがえる」と読んでもいい。
古代中国で、月に住むのはウサギではなく、カエルだったらしいです。
ということは・・・
「月にかわって、お仕置きゲコ!」(←アホまるだし)

オホン。エヘン。

えー、なんでカエルかって言うと、カエルは満月のころにすんごい卵を産むらしく、
多産の象徴。“月の精”って考えられたらしい。
ウサギも、同様に多産。
両方、四つ足でぴょこぴょこ跳ねるです。(後代、月にいるのは“三つ足のカエル”という話も出てきますが。早口言葉の「みぴょこぴょこ」って、もしかしたら“三つ足”ってことかも!?)
カエルぴょこぴょこみぴょこぴょこ、
ウサギもぴょこぴょこ、むぴょこぴょこ。

一説には、「ウサギとカエルの追いかけっこで月が満ち欠けする」とか。
ウサギぴょこぴょこで新月から満月へ、
カエルぴょこぴょこで満月から新月へ。

こちらのブログ様がいろいろと詳しいです。
 また、こちらのブログ様はウサギについて書いておられます。 )
 

つづく「皎潔(こうけつ)」。
「皎(コウ・キョウ)」は、“白く光る きよい いさぎよい”。
「皎潔」で、“白くてけがれない”。もっぱら、月の光をたたえる言葉らしいです。
まず気になるのは、その次の「間」

蟾蜍皎潔間(せんじょ、こうけつのあいだ)

お月さまがまっ白で清らかな“間は”

わざわざ、期間を限定してるでありんす。

中秋の名月は、すばらしいッスよ。ほんとうに。
でも、考えてみてくださいよ。

月は満ち欠けがつきもの。
移ろいゆくものの代表。
さらには、別名「太陰」。(これは、「太陽」の対義語。いわゆる物質としての恒星「太陽」というよりは、万物の陽の極み・源としての「太陽」。その対極として、万物の陰の極み・源として考えられたのが、「太陰」すなわち、「お月さま」。)
“大いなる女性性の象徴”でもありんす。
女性は美しい。
女性は生命のみなもと。
しかし、女性は移り気で(もちろん、男性も移り気でしょうが)
刻一刻と、その姿を変えてしまう。
(ルナティックは狂気という意味ですしね。)

もう一度、書きましょう。


蟾蜍皎潔間

お月さまがまっ白で清らかな“間は”



どうも、美女と巡り合っての、心のときめきを歌っている、ような気がするでありんす。

そうなると、一句目も


正好中秋月

まさに好し、中秋の月



ほんま、ええなあ。まん丸のお月さんみたいなべっぴんさん。



みたいにも、読めるような。


あのー、別にブログ主がふだんそんなことばっかり考えているわけやおまへんで。
どうも、そう解釈できる、というか、そういうニュアンスを含ませている匂いを感じる、というか。

「中秋の月」って、
このおみくじは、お正月じゃなくて、秋にひくべき?
そうじゃないよね。お月さまはもちろんいつでもきれいなんやけど、
名月中の名月、いっちばんきれいなお月さまといえば、
そりゃあ、アンタ、いうまでもない。
「中秋の名月」やよねえ。

そうです。おみくじのなかで珍しく、わざわざ季節を限定している。その背後には、独特のメタファーがある、はず。


第三句、
暗雲如何処(あんうん、いずくのところぞ)

黒い雲もどこにあるというのか。


わざわざ、「え?暗い雲?そんなん、どこにあんの??」
と、、うそぶいていらっしゃる。
いや、あったんですよ。暗い雲が。不安な気持ち、だけでなく、客観的にもマズイ状況、が。
それが、ほんの束の間だけ、どこかに行った。とも、受け取れる。

二句目と三句目をつなげて読むと、そう思えませんか?


蟾蜍皎潔間 暗雲如何処
月が白く清らかな間は
暗い雲など、どこにあるというのか。


月の美しさに夢中になって、イヤなことぜーんぶ、忘れちまっただよ。なう。

からの~、四句目。


故々両相攀(ここふたつながらあいはんず)


これ、すっごくわかんなかったんよ。
もう、誰かに聞きたいくらい、意味わからんかった。

「故」って、ふつう読むなら“ゆえに”でしょ!?
「ダカラ」ってこと。
でも、それが繰り返してある。
「故々」って、なによ!?
(「故故し(ゆえゆえ・し) という古語があるけど、
意味は“何かわけがありそうである。普通でない。趣がありすぐれている”で、なんか違う。それに、あくまでおみくじの方は漢詩だしね。日本の古語じゃあない。 )
で、漢和辞典、穴のあくほど何度も見て、
いや、五、六冊、漢和辞典に穴をあけちゃって、ダメにしちゃったなァ。(と、ムダにうそぶく。)
ようやく、みつけたッスよ!
「ふるなじみ」という意味を!つまり、名詞としての意味を。名詞なら、くりかえしても問題ないもんね。
これで、「故々」“ふるなじみ同士”、「両」“ふたり”、「相」“ともに”と読める、読める。

この漢詩の、一番の問題は…
最後の、「攀(ハン)」という字!!
辞書を引くと、“よじのぼる”。なんだ、そりゃア!!??

それでまあ、さる先生の解釈にしたがって、
“月でウサギとカエルが、なかよく桂の木に、よじのぼって遊んでいる”
という線でご紹介してみたのが、以前にアップした記事でやんす。
月の伝説、知ってるだろ?前提のヤツ。

もちろん、そういうメルヒェン的な解釈、というか理解でもええんやろけど…。


気になるのは、やっぱり「攀」の一字!
意味を書き連ねてみましょうか。
“1 よじる よじのぼる  2 すがる つかまる とりつく  たよる したう 3ひく(援)”

なんか、ね。すんごい絡み合って、抱き合ってるような気がするんです。
このあまり普段使わない「攀」ってことばには、
個人的には『梁塵秘抄(りょうじんひしょう)』の、この歌のセンスを思い出します。

美女(びんじょう)打ち見れば 一本葛(いっぽんかずら)へ成(な)りなばやとぞ思う 本(もと)より末(すえ)まで 縒(よ)らればや 切るとも
(べっぴんさんをパッと見てしもうたら、一本の蔓(からみあったつる植物)になりたいなあ、なーんて思ってまうわ。頭のてっぺんから足の先まで、ぐるぐるぐるーって巻きついて離れんで、引きちぎれるくらい(抱きしめたくなるわ))    
  

伝統的な子孫繁栄のモチーフ
「藤に松」
(「松」を男性、「藤」を女性にたとえて、松に藤がからみつく=男と女が抱き合う→子だくさん、子孫繁栄)
というのも、なんとなく思い出されます。



この詩のなかには、一言も“桂の木”なんてでてきません。
「蟾蜍」は出てくるけど、それは“カエル”という意味ではなく、単なる「月」の異名。
くりかえし「月」という言葉を使うのを避けているだけでなく、語調も整えているんでしょうね。
“せんじょ、こうけつのあいだ”って、声に出して読むだけでかっこええもんね。
で、とうぜん“ウサギ”も出てきまへん。
出てくるのは、「故々」だけ。だから、“よじのぼる”のも、「故々」だけでショ!?じゃあ、なにに??
もう、「両相」つまり、“ふたりで、おたがいに”しか考えられないんちゃいます?フツーに読んで。


と、いうわけで。
この漢詩をありのままに読むと、こういう真意が隠されているのではないか、と思うんでありんす。

おお、まるで中秋の名月のように美しいお方よ!
あなたの清らかな輝きに照らされて、
私は一切のわずらわしい事を忘れてしまった。
昔からの親しい者同士(のように)、お互いをかき抱きあおうぞ!


別に、本当に懐かしい幼馴染同士の再会でもいいんですけどね。
なんか、現実世界をうっかり忘れてしまったような、熱い恋の火花が散っているような気がするんでありんす。(不倫も含めて。)

あ、別にブログ主がそういう願望がある、とか、そんなことばかり考えている、とかじゃなくって。
おみくじ百あるなかには、そういう恋愛の激しい火花を読むものがひとつぐらいあっても不自然じゃないのかな、って。


もちろん、このおみくじを引いたからって、色恋沙汰に押し込んで理解する必要はありませんので、
“迷いがなくなった、道が開けた”と解釈したり、
“誰かと久々に会う”程度に理解したりしても、ぜんぜんかまわないと思います。

おみくじは、ある意味、運気の上がり下がりを教えてくれるひとつのバロメーターに過ぎませんので、
一から十まであてはめる必要もなく、
場合によってはトンチンカンのお門違いをひいてしまうこともありますんで、
そのへんはテキトーに割り引いて、
もしもなにか思い当たる節があるんなら、ご参考になさってください、ってなことで。
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