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2011_03
17
(Thu)22:17

法然上人、八番目の大師号を今上天皇より奉戴する!

地震の慌ただしさの最中ではありますが
昨日3月16日、今上天皇より「法爾」の二字を、新たな大師号として戴きました!
今年、800回遠忌を迎える法然上人へと、浄土宗総本山・知恩院が賜ったのです。

法然上人 大師号の奉戴について

日本の歴史上の偉大なお坊様方は、天皇より“大師号”という、栄誉あるお名前を戴いている方が多いのです。
→こちら

それにしても、八つも大師号を戴いているお方はありませんよ!
(黄檗宗の隠元禅師さまが、大師号を二つお持ちですね。)

どうして、法然上人だけ八つも大師号があるの?
どうして、今回ももらえたの?

残念ながら、私にはよくわからないのです。
もしかすると、案外政治的な理由だったのかもしれませんが。
でも、
私は、法然上人のお人柄の円満さや
その御教えが文字通り万人に開かれていたということなどが、
今でも
日本国民の素養を養い続けているからこそ
今回も大師号が戴けたのではないか、と思っています。

浄土宗は、普段なら、お祭り騒ぎで喜んでいる場面なんですよ!
しかし、この震災。
しかも、陛下から国民へ、震災を労わるお言葉が発信された、まさにその日に
「法爾」の二文字を賜ったのでした。
「ほうに」。
そう、恐らくは
「自然法爾(じねんほうに)」から採られたのでしょうね。
含蓄の深い言葉ですが、あえて簡単に訳すならば、
「すべてあるがままに Let it be」
でしょうか。

(自分があるべきあり方であれば)法もその通りに。
「法」すなわち、「阿弥陀様のお救い」です。

「念仏を申せば、救われる。」

とってもシンプルな、“真理”です。

あるがままであれば、あるがままに救われる。
誰もが、平等に、救われる。
(たとえ、信心がなくっても!修行なんて出来なくっても!罪深い者でも!)

私たち日本人の寛容さ、感謝のこころ、「おかげさま」。
当たりの柔らかい人柄は、まさに法然上人の徳育の賜物なのではないか、と
独りよがりに愚考しているのです。

日本人の穏やかさを、まとまり・団結のよさを、人々に教えて導いて来られたのは、
法然上人に違いない!

だからこそ
また大師号が戴けたのだ!と。




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