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2011_05
07
(Sat)23:34

三界万霊(さんがいばんれい)のこと  その3  欲界の人間界まで

さあ、マジで「三界」について解説しまっせ~!
わけわからん話になるよってに、はよ退散しといてんか~!
(←コラ!のっけから人払いすな!)

まず、「欲界」。
これが一番わかりやすい!
だって、僕らはどうあがいたってこっから逃れられへんねんもん。


最初は、地獄ね。
八熱地獄とか、八寒地獄とか、別地獄とか、いろいろありますけど。
とりあえず、今の論旨で必要なことは、
“悪業の結果、おもむく世界”ということ。
またもう一つ大事なこと。それは“いつか、地獄の苦しみは終わる日が来る”ということ。
(ただし、絶望的なくらい長い時間の先ですけど。地獄からも輪廻する、ということ。)
自分の犯した罪を、地獄の獄卒たちによって同じ目に合わされる、というけれど、
自分の「むさぼり」「いかり」「おろかさ」に閉じ込められて、それらが合わせ鏡のように倍増し続ける世界なのかもしれない。
もっと具体的に、この世なら、死んで解放されるリンチが、
死んでもすぐに生き返ってしまうので、永遠に続く…!!!
という、「死のリンチ・フルコース、時間無制限」の世界だ、なんて言う人もいますです。
マジコワイ。


次は餓鬼道。
三大煩悩のなかの、
「むさぼり」煩悩の極まった世界、かな?
どこまでも貪欲に“ほしい!”
“ほしい”からこそ、満たされることはない。
ちょっと、今の消費社会への皮肉!?もこめられていたりして。
あと、補足。
「鬼」には、“死んだ人の魂”という意味がありますので、
「飢えた鬼=満たされない死者の魂」という解釈も可能です。
この場合には、欲があっても、欲を満たす肉体がすでに失われている、という意味での
「餓えの苦しみ」が続く世界
とも考えられます。


続いて、畜生界。
これは、弱肉強食、お互いをあい食(は)み合う、という
「おろかさ」の世界。
人を想いやり、いたわらない連中を「鬼畜」と呼んだり、
人を人とも思わない奴のことを「ケダモノ」と呼んだりするけど、
まさに、そんな感覚。
テレビのほんわかした動物番組の世界とは、けっこうズレとりますなあ。


続いて、やっと出ました!我らが人間界。
これは、神々の世界と比べまして、
“苦しみ多く、楽しみは少なく”
“寿命は短く、美しさも乏しい世界”と言われております。
もう、ずっぱり、はっきり、〈三毒煩悩〉に汚されとりますからね!
三つの死に至らしめる〈毒〉。
つまり、「むさぼり」「いかり」「おろかさ」に。

神様方は、人間が臭いから近づかないそうです。
(…そろそろ加齢臭か?…そういや、今日の晩御飯、カレーだったよな…。)
反対に、人間が神様を見ると、そのあまりに人間離れした(あ、当たり前か。)美しさに目がくらんで、
スサマジイ執着心が生まれるんだそうです。
たとえば、オバサマたちのなかに、突如としてヨン様が現れた時のように…。

いや、なんだか神様と比べられても、ね。
(まあ、そりゃそうだ。)

実は、ですね。こんな私たち人間ですが、
まさに
「神もがうらやむこと」
があるんです。それは…

「仏となる可能性がある」
ということ…!!!
そうなんです!

仏教と出会えるのも、
仏道修行が出来るのも、
悟りを開く可能性があるのも、

素晴らしい神々の世界などではなく、
ほかでもない

私たち人間の世界からのみ

なんだそうです!!

というわけで、
煩悩まみれでありながら、悟りへも邁進できるのが、私たち人間の世界なのです。
(よかったねー、ひとつくらいイイことあって。)
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