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2011_08
08
(Mon)22:43

お盆シリーズ③  七夕クイズ!その答えあわせー

さあ、クイズの答え、わかりんこ?
(←のっけから、もろ、バカなブログだってばれてるぞ…)

七夕は、笹の葉をサラサラって、立てるじゃないですかー。
それで、星に願いを、ってやるじゃないですかー。
なんか、ロマンチックぅ❤

(ちなみに、ロマンチックとは元来「ローマ人好みの、お涙ちょうだいのメロドラマ風」といった意味。)


・・・。
別にいいんですけど。
「お盆の行事の一環」としては、完全にうわすべっているなあ、って思いまして。。


もちろん、
複雑に習俗が混じり合って成立している行事なので、
立場によっていろいろな解釈があります。

しかし、
私は仏教者として、
なかば断定的にお盆の行事の一環として、七夕の解説をしようと思います!

そこんとこ、ヨロシク。


さて、「釜ぶたついたち」(旧暦7月1日)から、亡者たちがボチボチ帰ってきます。

7日あたりから、この一年以内に亡くなった、新しい亡者たちが帰ってきます。
(つまり、初盆“はつぼん”、新盆“にいぼん・しんぼん”の方々。)

そして、13日から、普通のご先祖様たちが帰ってくるのです。


「亡者」=すなわち、「亡くなった方」。
ほかの言い方をすると、「精霊“しょうろう・しょうりょう”」

昔はね。
お家に仏壇はありませんから、
ご先祖様が帰ってくる時には、その専用の場所がしつらえられたのです。

それこそが、
「精霊棚“しょうろうだな”」

大事な大事なご先祖様たちの精霊は、
お家の座敷にお入り頂きます。

でも、
言ったでしょ。
こわーい地獄の亡者たちもうろちょろしてるって。

そういう方々には、
お家に上がらないように、
庭先に別席を設けて、それなりにおもてなしをしました。

「外精霊“ほかじょうろう”」のための精霊棚、です。お供えもガクンとグレードが落ちて、一、二種類ていど。



では、亡者たちは、一体どこから帰ってくるのでしょう?

それは…

「日常の外の世界」

あるいは、村はずれの墓地。
山村ならば、深い山の奥から。
漁村ならば、遥か海の向こうから。
はたまた、天高く、“お星さま”から…。

なんせ、
普段の自分たちの暮らしのそと、共同体のそと。
いわば、「異界」から帰ってくるのです。

だから、
墓地をきれいに掃除したり、
山から花を摘んできたり、
浜辺で迎え火を焚いたり、
はたまた、天高く目印の“竿”を立てたり…。(こちらのサイトさまの最初の図版が、天高い笹の絵です。記事も興味深い!)

そう、
空から帰ってくるご先祖様のために、長ーい竹竿を立てて、
さらによく「我が家」とわかるように、竹竿に目印となる「旗」をつけた…!


実際、民俗学を少し紐解くと、
「七夕様」をお迎えするために高く竹を立てたり、
2本、あるいは3本の竹で棚を作って旗や捧げ物を吊るしたり供えたりしたそうです。


もうおわかりですよね?
この、竹で作るお迎えの旗こそが、「たなばた」。「棚旗」。
つまり、「精霊棚」の「旗」。


7月7日の夕方から、
大事なご先祖様を迎える準備が本格的に始まった
のです。
だから、「七夕」と書くわけです。


でも、
どうして夕方?

そりゃ、明るい昼間だと、亡者も出にくいデショ。
はたまた、迎え火も雰囲気でないジャン。

うん、ごもっとも。
でも、ね。もうひとつ思い当たるのは…
「霊的な見地では、一日は夕方からはじまる」ということ。
「朝日と共に今日も一日がはじまるぞ!」というのは、物質に縛られた、現実世界の取り決めに過ぎない、らしいです。

これらは、
一応西洋の神秘思想(ユダヤ暦など)で言われていることなのですが、
日本でも古代には同じ考え方がなされていたようです。
もちろん、仏教でも!
(京都の法然院で行われていた一日六回の法要も、「日没」から始まります。)


ね、クイズの答えはシンプルになったでしょ?
お盆の行事の一環として、
精霊を迎える棚につける目印の「旗」を用意する日だから、「たなばた」。
精霊が帰ってくるはじまりの時が「七夕」。


これこそが決定版!とする決め手の証拠は残念ながら示せないのですが、
一つの仮説、考え方として楽しんで頂ければ、これ幸いなのです。


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