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2011_08
10
(Wed)21:46

お盆シリーズ④ お盆の「施餓鬼」ってどうよ!?

はい、前回までのシリーズで、
「お盆には亡者が帰ってくる」といいました。
「亡者を“精霊(しょうりょう・しょうろう)”と呼ぶ」といいました。

「で、お施餓鬼って、なによ?どうよ?」

と質問される方、ちゃんと勉強なさってますねー。スルドイ。

そうなんです。お盆のことを、よくお寺さんでは
「盆施餓鬼」と呼んで、「餓鬼のために施す法要」などというのですねー。

餓鬼っていうと、きっとよく知っている方はこんなのをイメージするのでしょうね。
それとも、こんなイメージ?


もちろん、どっちも間違っちゃあいませんよ。
(子どもをガキ呼ばわりするのは、「くれくれ、くれくれ」とねだりまくるから)

でもね、ここでもシンプルに考えましょう!

餓鬼草紙のような、別世界の生き物みたいに考えずに、
まずは漢字の意味からおさえましょうや。


「鬼」という文字。
これは、またこんなイメージでしょうが、
本来は違います。
(赤鬼・青鬼は、複合イメージのいわばなれの果て。)


「鬼」という文字はですねぇ。

“死者のたましい”

といった意味なんです。


死ぬことを
「鬼籍(きせき)に入る」
なんていいますが、

これはいわば
“死者の戸籍簿に名を連ねる”
といった意味。

同様に
「鬼趣(きしゅ)」


“死後、おもむくところ=死者の世界”。


「鬼神(きじん)」
は、なにかとてつもなく凄まじいイメージもありますが
(鬼たちの王様、みたいな)、

「神」
という文字も

「精妙なたましい」
という意味なので、

「鬼神」で、まさに

「死者のたましい」

になるわけです。

(※プロ向け
施餓鬼の経文のなかで「汝等鬼神衆(にょとうきじんしゅ)」とありますが、
これは
「なんじら、死者の霊たちよ」
といった呼びかけなのです。どうぞお含み下さい。)


ですから、

「餓鬼」
とは

“満たされない死者のたましい”。



その「餓鬼」たちの救済のためにおこなう法要ですから、

「餓えを満たす=施す」ので、

「施餓鬼(せがき)」

というのです。


では、
「餓鬼」たちは、
どうして満たされないのでしょう?

1.なんらかの未練を残して死んでしまったから
(特に、食欲?)

2.肉体を持たない今となっては、
その欲を満たす手段を持ち合わせないから
(つまり、「食べたくても食べられない」)

3.存在を無視されているから
(つまり、無縁者の霊。弔ってくれる人がいない状態)

4.救済者であるみ仏様との縁を結べていないから
(弔ってくれる人がいないから、仏縁もない状態)


大胆にも、こんな風に推理するわけです。
(別に経典に明記してあるのをみつけたわけじゃあありません。)


それにしても、
上記の在り様を視覚的に表現すると、
あの「餓鬼草紙」に描かれる餓鬼の姿になるとは思いませんか?

満たされない欲望に腹の中から焦がされながら、
誰にも見向きもされないような落ちぶれ感…。


仏教経典を由緒とすれば、
ほんとうはお盆と施餓鬼は厳密には別の行事なのですが、
ここでは詳しく論じません。(参考サイト様)


なにより、
今言いたいのは、

まつろわぬ地獄からの亡者=外精霊(ほかじょうろう)=餓鬼
なのではないか、

ということ。


さらに付け加えるならば、
新盆を迎える亡くなったばかりの方も、

“みずからの死をきちんと受け止めきれず、
満たされない欲望を抱えたまま渇きの苦しみの中でのたうっている可能性もある”


として、

扱いとしては外精霊に準ずる「新精霊(あらじょうろう)」だ、

ということも、おさえておいて損はないでしょう。



うぬぬ、
内容が内容なだけに、
トーンがマジメに成り切ってしまっているではないか!



そういや昔、冗談で
「・・・そんなことは、一銭の得にもなりませんよね」

と言ったら、

「お坊さんが、お金の損得でものごとの価値を量るようなことをしちゃいかん!」

と真剣に叱って下さった方がいました。

もう、鬼籍に入られた方だけど、
今にして思えば、本当に有り難かったなァ・・・
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