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2011_08
14
(Sun)23:40

お盆シリーズ⑦ 餓鬼の正体は、カッパ!?

さて、だーれも言ったことのないような内容ですねえ。

エエンカイナ!

まあ、いいや。(アッサリ。)


今日の話は、けっこう長ーくなりますよ。
ちょっと、覚悟をば、よろぴく。

まず。
夏はですね、昔から多いのが、「水」に関連すること。

水の事故。

また、

水から起こる流行り病。

(だから、伝染病防止のために7月6日・7日などに井戸さらいをおこなったのです。)


さて、
流行り病の話からいたしましょう。
これは、昔の人たちに言わせると、

疫病神(やくびょうがみ)の仕業なんですねー。

この場合、
「不幸をまき散らす嫌な奴を揶揄して疫病神と呼ぶ」のではなく、
字義通り、

突然人々の命を奪いまくる理不尽な恐怖の対象である神としての「疫病神」ですよ。

この神様を鎮めるために、

それはそれはあでやかな、賑やかなお祭りをおこなって、
神を慰め、喜んで(害をなさずに)帰って行って頂いたのです。

この一連のお祭りを「御霊会(ごりょうえ)」と言います。

そう、
京都三大祭りの中でも一番有名な夏の風物詩、「祇園祭り」は、
正式には「祇園御霊会」
と言うのです!

いや、これは

一個人では手に負えないレベルの祟り神様への対処法

ですけどね。



すこし話を戻してえ。

今年もすでに水難事故で命を落とされた方々もおられるようですが
(南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏)

ちょっと昔までは、
もっとたやすく子どもが水の事故で命を失ってしまっていたようであります。

「あそこにはいっちゃいけない」っていう、川の深いところや薄暗い池、海の岩場…。

「だれだれちゃんが、まだ○才で死んじゃったんだよ」


年配の方たちが子どもだったころには、案外身近なお話だったそうです。
かわいそう…。


だからね。

お坊様たちが夏に川や海で
「川施餓鬼」
「海施餓鬼」

ってお経上げて、
水向けの経木塔婆をあげたりして、
追善供養をけっこう盛んに行っていたそうです。
別に大法要ってんじゃなくって。

(今だと、
新興の「灯籠流し」なんかにリニューアルされたりして、
若い世代と地域の人たちとのつながりを深めたりしてますよね。)


それで、だ。
ムチャなタイトルの責任をそろそろ取らなきゃならんですね。


覚えていますか?
「釜ぶたついたち」。

旧暦の7月1日のことですけど、
この日に地面に耳をつけると、
地獄の釜のふたが

「ギイイイイィィ…」
と開く音がするとかしないとか。

そして同じ日に、地域によっては
“瓜畑に入ってはならない”
“海に入ってはならない”
という言い伝えが。

なぜなら・・・

「亡者に引っ張られてしまうから」

ギャーア!

あー、自分の悲鳴におどろいた。


「瓜畑」ってのはよくわかんないけど。
「海に入ると」って、なんとなく聞いたことないですか?


今でも時々

「お盆の時に海に入ると…」

なんて言いますが、

もうひとつ別の話で、

「川でおぼれると、カッパに尻子玉を抜かれて死ぬ」

とかなんとか。

「尻子玉」のことはよくシリませんが、
なんとなくイメージしてみると、

「たましい」みたいなもんでしょうか。


水。
おぼれる。
カッパ。


そして・・・
「たましい」。

「たましい」って、どんなかたち?


うーんと、これくらいの大きさでぇ。こーんなかたち。

さあ、みなさんもやってみて!クリックしてるばやいでわなくてえ!




ぼくの、わたしのかんがえる「たましい」。

両手を前に伸ばしてえ、これっくらい!



人によって、もちろん千差万別でしょうが、
ある程度は決まったパターンがありそうでないかい?

たとえば、

まんまる。

もしくは、

ちょっとほそなが。


おにぎりよりもちょっと大きい?

自分の顔よりはひとまわり小さい?

また、
「たましい」って、

乾燥してるというよりは、

けっこうみずっぽいイメージもありませんか?


それぐらいの大きさのもの・・・

なんか、
なにかに似てるような・・・



・・・と、
昔の人たちもイロイロと考えたんだと思いますよ。

(もちろん、リアルに見えてる、という人もいたかも。いや、今もいるのかも、ね。)


で、なにが言いたいのかと言うと。

「たましい」のかたちによく似た、
身の回りにあるものこそが、

「瓜」

なのではなかろうか、と。


そういえば、

カッパの好物も
「キュウリ」「胡瓜」だから、「瓜」の仲間だよね!

まあ、
あれぐらいの大きさでなかに水がつまっているものとして、

「ヒョウタン」

もありな気もしますが。


「ヒョウタン」は人類が最初に道具として利用した植物
と言われていますが、

世界中の神話にも出て来ます。

“ヒョウタンから水が溢れて洪水になった”とか、えとせとら・・・。


カッパもね。

ずいぶんキャラが立っちゃって、
けっこう固定的なイメージで、
一種の動物のように(いや、妖怪か)受け止められているフシもありますが。

間違いなくイメージの複合体であって、
そのイメージのルーツをひとつひとつ紐解いてゆけば、
何種類かの別々のモノが見えてくるのではないかなあ、
なんて思ったりもします。


とりあえず、
「餓鬼としてのカッパ」
ね。

これはもう、水難の死者の霊だよね。かわいそうな。

かれらが

「尻子玉(=たましい)」を抜いて、泳ぐ人をおぼれさせる、

というのも、

仲間を求めて

と考えれば理解は出来る。


子どもに似た姿、

ともいわれるけど、

もしかしたら

「瓜」のような、フワフワした「たましい」

なのかも。


で、
川施餓鬼や海施餓鬼でみんなに慰めてもらって、

「しようがないなあ」

なんて不服ながら納得して、

死ななきゃ待っているはずだった「人としての幸せな暮らし」を諦めて、

極楽へと旅立ってゆく…。



でも

ちょっといたずらっぽかったり、

相撲を取ろうとしたりするのは、

「こどものたましい」だからなのかも?



また、
ご先祖様がいらっしゃる時、お帰りの時に「馬」を作るでしょ?

あれも「胡瓜」。「瓜」だよね。

今は「乗り物」なんて説明してるけれど、

ほんとうは帰ってくる「たましい」そのものなのかも。

また、

豊作をもたらす先祖神としての姿なのかもしれない。

(九州では、
山の神「山童(やまわろ)」が春に「ガラッパ(河童)」となって田の神となり、
実りをもたらして秋にふたたび山へ帰ってゆく、という伝承もあるそうです。)


そういや、「餓鬼・ガキ」だって“こども”のイメージがあるよなあ。



ふう。
「餓鬼の正体は、カッパ!?」の巻き、
とりあえずは、これにて。

今回は、
思ったことを書き連ねると、なんとも長文になってしまいました。
メンゴメンゴ。

さて皆さんも、くれぐれも水の事故にはお気をつけて。


また、
このお盆の機会に。

今ある命を感謝して、

すべての亡き方々へ、

哀悼と誠の生き方を示しましょうね。
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