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2011_08
24
(Wed)02:22

お盆シリーズ⑩’  地蔵盆のプロファイリング、してみました!

昨日、記事をアップしてみて、考えたんだけど…。聞いてくれる?(←なれなれしい)

まず、「地蔵盆」誕生の前に。
もともと「地蔵祭」「地蔵会」という行事があったそうですが、
これはおそらくは毎月の縁日の“講”なのではなかろうか、と。
(“講”っていうのは、平たく言うと同好会。)

その講で、どういうお勤めをしていたのかはよくわかりませんが、
「子どもたちの、子どもたちによる、子どもたちのお祭り」として、
この毎月の地蔵講のなかで、ライバルの祇園祭りに近い7月の24日が
子どもたちに捧げられたのではないか、と。
その時に、
祇園祭りも“宵々山、宵山の15日・16日と山鉾巡行の17日”合わせて三日間が子どもにとってもお祭りやから、
それに対抗して、地蔵盆も22日から24日の三日間に。
そして都合、
「二十三夜待ち」の宵っ張りの講のスタイルも取り入れられて、
お経や鉦叩き、お説教もプログラムに組み込まれたのではないでしょうか。

あ、もしかしたら。
“講”自体、
たんなる地域の集まり以上に、特定の共通項のある構成員によって組織されるもんなんですが
(たとえば、大工さん仲間なら“大工技術の元祖”といわれる聖徳太子を祀る「太子講」。
死産などの女性の集まる女人講「如意輪講」など)

もしかすると、
「地蔵講」の構成員って、
子どもを亡くした親御さん
だったのかも。

だとすれば、そのお勤めこそが
地蔵和讃」であり、亡き子どもたちの成仏を願っての「大数珠繰り」だったのかもしれない…!

そう考えると
亡き子たちの供養のためのお勤めを、
元気な子どもたちが大勢で楽しくしてくれる「地蔵盆」って、
なんとも不可思議な奥行きが出て来るな…!!

親たちにとって、生きている子どもたちによって我が子らの供養がなされる、これ以上の供養はないだろうなあ。


ああ、なんだかしっとりするなあ・・・。

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