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2011_09
02
(Fri)04:48

お盆シリーズ⑬  9月なのにまだ“おわら”ない!?盆踊りのはなし

さあ、もうタイトルでバレバレですね…。
一応、これで終わりにしようかと思っております、お盆シリーズです。

おわら風の盆、始まりましたね!
とはいえ、現地で観たことはないんですが…。
公式ホームページによりますと、元禄始まりのお祭りで、比較的新しいんですね。

なんでも、
強権支配者から解放された町人たちが、三日三晩踊り明かしたのが由来とか。

それがお盆に合わされ、
やがて「二百十日」の台風シーズンに移されて「風の盆」となったようですね。

どうして「二百十日」に踊るのかと言うと、
「風を鎮めるため」。
つまりは、
風の被害を抑えるため、なんですね。

風の被害っていうのは、直接的な物理被害もなんなんですが、
立春から数えて二百十日めの9月1日頃が、ちょうど稲の受粉の時期だそうで、
この時に台風が来ちゃうと稲の実りに大打撃となってしまう、というわけで、
豊作を祈願するための、要(かなめ)の日、でもあったワケです。

今ですと、
「太平洋沖で発生した台風○○号が…」
と、
はるか遠くで台風が生まれたことも、いつごろ来るかも、テレビッ子はみんな知っているワケですが、
昔は空を見上げながら、ハラハラドキドキのロシアンルーレット状態。

「頼むに、この日だけは台風さま、来ませんように!」
と、
新しいオモチャをジャイアンに取り上げられたくないスネ夫のような心境
になったのが、
この「二百十日」なのでしょう。


もうひとつですね。

“「風」というものが、「厄」を運ぶという考え”

も古代にはあったようです。
「風病(ふびょう)」というやまいがあるそうで、
いわゆる「風邪」もそうなんですが、「中風」つまり脳卒中など、半身不随なども、
悪い風に中(あた)ってかかるやまい、と考えられたそうです。


お盆の季節ではありませんが、
京都は今宮神社に「やすらい祭り」というのがあります。
わが母校、佛教大学の近くで、ここのあぶり餅がおいしいんだよね~。

おお、脱線してた。
現在は4月10日に行われるこの祭りですが、
なんでも
春に吹く風が疫病を流行らせる、とかで、

その風が吹きませんように
風によって(おそらく桜の)花びらが散りませんように
花よ、散らずに安心して(安らって)咲き続けてくださいよ
(なぜなら、悪い風が吹かないんだもん!ほんとだもん!)


というように、不思議な思考パターンで災厄が起こらないようにした祭り(というか、呪術ですね)もあるんです。


まあ、なにが言いたいのかというと、
現代人が忘れてしまった「おそろしい風」といったものが、
「風」を冠する祭りには残されているのではなかろうか、と。


また、「風流(ふりゅう)」というものも、祭りには十分反映されているでしょうね。
平たく言うと「洒落っ気」でしょうか。
独特の美意識ですが、

「やすらい祭り」だって、
“花笠の下で疫病をもたらす風に鎮まってもらう”という中心的な呪術があって、
その前後の行列は、頭に赤いかつら(シャグマ)をかぶったりして、
まさに「風流」で艶やかに賑やかにして、疫病神を楽しませる、
といった考えがあるようですし、

「おわら風の盆」も、
あの独特の笠をかぶった踊り子の姿や、胡弓も取り入れた囃子の音など、
「風流」の精神が、近年になってもなおも改良を加えさせてきたものなのでしょう。
(笠で顔を隠す、というのはどういう由来なのでしょうかね。
あの独特の美しさは、顔の見えない=美しい死者たちが、静かに踊っているように見えます。)


1カ月以上踊りまくる「郡上踊り」もそうですが(9月3日が踊り納め、まだ間に合う!)、
意外と江戸時代くらいからの由緒しかもたない、祭りの中では比較的新しい祭りのなかに、
日本古来からの「風流」の精神が十二分に流れ込み、よりよく洗練され、改良されているように思います。
(おそらくは、ただ伝統を伝えるというだけではなく、
“今でも改良を”という精神が「魅せる芸能」の命脈を保っているのでしょう。)


以前、盆踊りのルーツとして「踊り念仏」という言葉を出しましたが、
“宗教的な祈りたる念仏”が感極まって踊りとなる「踊り念仏」から(あくまで念仏が主役)、
「踊り念仏」が風流化して、“たおやかな、楽しみとしての踊り”へと質的に変化を遂げる「念仏踊り」が生まれるのです。
(いわば、「“踊り念仏”踊り」なんでしょうね。)
これがいわゆる「盆踊り」なのです。

このなかに、さらに「風流」が流れ込んで改良され続けたものが、
「おわら風の盆」であり「郡上踊り」であるのではないかな、と思うのです。
見せる要素があり、それが魅せる要素になっている。
「郡上踊り」だと、初めて観に来た客が、ギリギリ踊りをおぼえて参加出来る難易度に設定されている。
(私も実際、踊りに参加したことがあります。楽しかった~)

もはやローテンションな地域の盆踊りとは違って、
やはり全国に名を轟かす盆踊りには、納得の理由があるんですよねー。

また、お義理で参加する盆踊りにとってかわって、
「ヨサコイ」など若い世代が熱中できる踊りが生み出されていますね。
それぞれの地域で新しいお祭りを創る、なんて動きが画策されておりますです。
ただ、
行政主催の「お祭り」は、なんてったって伝統も神様もおられませんから、
どんなにド派手でも「お祭り騒ぎ」であって、「お祭り」には成り得ませんがね。ハッキリ言って。
(今日はシニカルなオチだな。)

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