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2011_09
18
(Sun)21:57

ちょっくら、おみくじの解説をしてみる。 ~「月」篇。

この間、おみくじには詳しいと申しましたので、
前回の話題の「月」に関するおみくじについて、ご紹介しましょうか。

『観音百籤』。
これが大半のお寺で江戸時代から現代まで用いられているおみくじの名前です。
(天台宗系では、これを『元三大師みくじ』と呼んでいます。)
つまりおみくじは全部で100あるんです。
そして、その中心はあくまでも五言絶句の漢詩。
観音様からのご宣託としての漢詩。
ひらたく言うと、「お告げ」。
最初は、吉も凶もなく、ただ漢詩の書いた紙きれだったようです。

それじゃ、よくわかんないね。
と、吉凶がつき、さらに解説、それに「旅立ちよし。待ち人来たる…」などという項目も加わってゆく。
しかし、それらはぜーんぶおまけ!
なんてったって、本質は漢詩です!
これを、自分の今の境遇に照らし合わせて、
自分自身の運気の上がり下がりを観音様から教えて頂く、というのが本来。


とりあえずはこれくらいにしてぇ、
100のうち、「月」の出て来る漢詩がいくつあるか調べてみました。

いくつだと思います?
あ、女の人に「ねえ、いくつ?」って聞いちゃダメですよ。しつれーだから。

正解わ。


23。


けっこう、多いですよね。

それをぜんぶ書いてもいいんですが、お互いに飽きると思うので止めときます。

というわけで、面白そうなところをピックアップしてごしょうかいー!

第2 小吉
月被浮雲陰・立事自混迷・幸乞陰公佑・何慮不開眉。


月は浮雲の陰とせらる 事を立つるもおのずから混迷す
 乞い幸(ねがわ)くは陰公の佑(たすけ)を 何ぞ、眉の開かざるを慮(おもんぱか)らん


読み下しただけじゃ、わかりにくいっすね。

月は雲の陰にかくれてしまう。自分で立てた計画がどれもうまくいかなくなる。
そんな時は、月の女神に助けを求めるとよい。困り顔で悩んでいる必要なんてなくなるから。



「陰公」とは「月の女神」だそうです。
そして、我が身に引き合わせて考えると、それは「陰ながら自分を支えてくれている人」。
「内助の功」という言葉もありますが、それは自分の奥さんだったり、お母さんであったり、
女性に限定しなくても、コツコツと自分を支えてくれる部下であったり…。
つまり、
普段は気にも留めていない、当たり前だと思い込んでいる身近な人に、
改めて感謝の気持ちを伝えて、助けやアドヴァイスを求めることが出来れば、
今の問題は案外かんたんに解決する、ってこと。

このおみくじの面白いのは、「月」と「陰公」、ふたつの月が出て来るんだけど、
まったく違うものとして機能しているところ。


じゃあ、つぎ、いってみよう!

第36 末吉
先損後有益・如月之剥蝕・玉兎待重生・光華当満室。


先は損じ、後に益あり。
月の蝕を剥ぐるがごとし。玉兎の重生を待て。光華、まさに室に満つ。

始めは損をするが、後になって利益が出る。月蝕が終わって、薄皮一枚一枚はがれて再び輝き出すようなもの。
「玉兎=月」がまんまるに光り出すまで待て。そうすれば、おまえの部屋にも光が満ち満ちるだろう。


月の異名はいくつかあります。
まず、前回の「蟾蜍・せんじょ」。
そしてこの「玉兎・ぎょくと」。
ほかには「月桂・げっけい」。
どれも、月に住む、生える生き物たちの名前ですよね。
前回の記事の下敷きがあれば、なんだか楽しいですよね。

とくに「玉兎」は「玉」ですから、“まんまるで、きれいで宝物みたいなお月さま”って感じですよね。
「月蝕」が終わるのを、“(薄皮を)剥ぐ”ととらえるのも、なんだか面白い。

内容は、
「まああせるな。そのうちうまくいくから。」
ってなところでしょうか。



じゃあ、最後にもひとつ。

第38 半吉
月照天書静・雲生霧彩霞・久想離庭客・無事惹咨嗟。


月は天書を静かに照らす。雲は霧や彩霞を生む。
久しく離庭の客を想う。事もなく、咨嗟を惹くのみ。


月は夜空を静かに照らしている。夜空の雲が、濃淡のある霧や霞を生み出している。
永らく離れ離れになっている人のことを想って、なんとなくため息ばかりついている。


まず「天書・てんしょ」ですが、
神々の意志が天に「星」として、文字として書かれている、んだそうです。
つまり、
星々は、神様にだけ読める文字で世界の運命が書かれている。

静かな風景だけど、
第一句で、すでに自分の置かれている運命について、想いを巡らしているんです。

「雲」は「月」を隠すもの。
「月」は「ツキ」、良い運命を象徴しますから、
「雲」はそれだけで、まさにこれからの運命に立ちこめる「暗雲」をあらわすわけです。
その「雲」が、
「霧」や「霞」を生む。
まさに、いろとりどりの悩みが尽きない、といったところでしょうか。

「離れた庭の客」とは、近くにいない、大事な人。
友達かもしれないし、恋人・伴侶かもしれない。
その人の助けさえあれば、今の境遇を抜け出られそうなんだけど…。
そんなことを想ってみても、
やっぱりなんにもならない。
なんにもならないん、だけどなぁ…。

といったところでしょうか。

文学としても、十分に味わいがありますよね。


だいたい「月」は、運命の「ツキ」を現わしているようです。
みなさんも、おみくじを引いて「月」が出て来たら、
その「月」が見えているのか、隠れているのかを見てみて下さい。

それと、あんまり自分の境遇とかけ離れていると思ったら、気にしないこと。
元来、おみくじとは、困ったことがあって神仏にお伺いを立てたい時に引くもの。
なーんにも悩みもなくって、ただの運だめしに引いてみても、
そんな意識の人間には、神仏も真剣に感応などしないもの。
だから、あんまり意味のないおみくじってわけ。

求める者にだけ、開かれるものなのです。


せめて、まずは神仏にご挨拶・お参りをしてから、おみくじを引きましょうね。
それから、何が書いてあっても、お礼を言いましょう。
自分では気づかない何かを示唆してくださっているのかもしれませんから、ね。

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