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2012_03
09
(Fri)13:52

ちょっとどぎついよ、「五見」のはなし・・・

ハイ。煩悩シリーズのつづきですよ。

さて、前回は六つの煩悩をおさえれば、エエよ!というところまでお話しましたが、
そのうちの5番目、「見=間違った見方」は、さらに五つにわかれるんやでー、とチラッといいました。
(え?そんなん知らんわ、ですと!?)

六のうちの一をさらに五にわけて、全部を足すと、さて、いーくつだ?
そう、「10」なんです!というわけで、大煩悩は、六つより少し細かく解説するならば、十大煩悩になるわけです!
(「十随眠・じゅうずいめん」といいます。下図、参照)

十随眠_convert_20120313064111

その肝心な“五つの間違った見方”ですが、こんなアンバイです。

五見(ごけん)…有身見(うしんけん)・辺執見(へんしゅうけん)・邪見(じゃけん)・見取見(けんしゅけん)・戒禁取見(かいごんしゅけん)

アア、もうワケワカランワー!
というわけで、ぼちぼち解説してゆきまひょか。

1 有身見(うしんけん) 
のっけから、すでにかなり程度が高いんですが、
これはすなわち

「私」と呼びうるような肉体も、「私」と呼びうるような精神(ハッキリ言えば「魂」)も、
本当はそんなものないのに、「ある」と思い込んでいること。

これは、仏教の根本真理である「諸法無我」にたいする、間違った見方なんですねー。
でも、この「諸法無我」こそ、
“なにもかも虚しくなるような、人として生きていこう!という力を奪っちゃうような真理”やないかなー、なんて思うんですが。

そもそも、お釈迦様が「諸法無我」と言わはったんは、それ以前のバラモン教の主張たる
「誰の中にでも永遠不滅の魂たるアートマンがあってえ、バラモンは死んでもまたアートマンのおかげでバラモンに生まれるんやし、奴隷(スードラ)はアートマンがあるさかい、またスードラ。ハイ、ざんねーん!」
というような、特権階級を維持しようとした宗教哲学を批判なさって、
「いや、そんなアートマンはない。」
とおっしゃられたんであって、
その後の仏教哲学がどんどん観念的に「諸法無我」をもてあそんでいったんは、ちょっと違うんやと思うんですけど。

だから、「有身見」というのも、“自分に対する必要以上のこだわり”くらいにしときましょうか。


2 辺執見(へんしゅうけん)
これもはなはだ哲学的で、
“両極端な見方にとらわれる”、ということ。
その両極端とは、
常見・じょうけん(死んでも自分は存在し続ける、という見方)と
断見・だんけん(死んだら自分は無になる、という見方)。
さっきの「永遠不滅の魂」なんてことはもちろん「常見」ですが、
その反対の「永遠不滅の魂なんて、ない!」という主張、これって「断見」ってことですよね。
そもそも、
死んでしまってからも“「自分」なんてこの世で演じてきた役割をいつまでも引きずって、守ろうとする考え方”自体が、底の浅いものであって、
それに執着するのに、「手放したくない!」ってのと、「そんなのなんにもねえ!」ってやけになる、意地を張るのも、どっちも同じ程度のこだわりのうらおもて、ということかな。


3 邪見(じゃけん)
この場合、“因果応報の理(ことわり)を認めず、罪を犯してもかまわない、善をおこなっても功徳などない”と主張する立場。
だいたいこんなの“悪いことをしちゃったやつが、ヤケになって主張している、自分の悪業を消し去りたいがための立場”やろうね。
もちろん、“特に悪いことはしてないけど、こんな風に考える人”もいるやろうけど、
それはその人が“他の人への働きかけをちゃんとしたことがない”から。
自分を“いてもいなくてもどっちでもいい人間”なんて無意識にでも思っているから、
“結局なにしたって世の中かわらない”なんて思ってるんとちゃうかな。


4 見取見(けんしゅけん)
間違った教えを正しいと思い込んでいる人。ハッキリ言って、ヘンな新興宗教の立場やね。
まあ、聞く耳もたへん、ちゅうやつ。
ケンカするにも、同じ土俵にものらへんようなやつ、打つ手なし、やね。


5 戒禁取見(かいごんしゅけん)
同じく、ヘンな新興宗教の「実践家」。
まあ、社会的に迷惑をかけなければ、とりあえずはよしとしとこか・・・。


ううん。ざざっと見ると、実はかなり深刻なネタやね・・・。
まあ、ネットやからいろんな人が見はるやろけど、
これらはあくまで
「仏教」というモノサシをあてて、はみ出る人たちを切っていく考え方
なのです。
ですから、仏教徒でない方は全然気にしなくてもいいし、
反対に仏教徒を断罪するモノサシもお持ちかもしれませんね。

あまりにどストレートな内容なので、
もうそのまま解説してみましたが、
仏教という体系に沿って煩悩を断ち切ろう、と志す人だけが真摯に参考になさって、
物見遊山的な人たちは、
「へえー、仏教も結構カゲキなことゆうてんねんなぁ。」
くらいに思っといてください。

では、また続きはそのうちに。

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