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2012_03
29
(Thu)05:41

ぼん、ボン、煩、とグレードアップする煩悩!?

「三界万霊」(←リンクあり。全部で12もあるシリーズです。。)については、このブログでもわりと丁寧に解説しましたが、
ざっくり言うと、
“欲を持つ生き物たちの世界(欲界よっかい)”
“欲を持たず、姿を持つ神々の世界(色界しきかい)”、そして
“欲も姿も持たない神々の世界(無色界むしきかい)”
これら「三界」に住む者たち、ということ。

少し具体的に言うと、たとえば“むさぼり”ならば、
「欲界に住まう者たちの“むさぼり”」と
「色界に住まう者たちの“むさぼり”」と
「無色界に住まう者たちの“むさぼり”」がある、っちゅうわけ。
つまり、それぞれが別でカウントされてるの。

まあ、おおざっぱに三等分すれば、わたいたちヒューマン・ビーイングに関係のある(というか、欲界に関わる)“でっかい煩悩”がわかるっちゅうわけ。
その数、ざっと36。
ちなみに、色界には31。
無色界も、31。
ね。合計、98になるでショ?

さて、そのうちわけについて、さらに詳しくお話しまショ。
“むさぼり”を例にとってお話してゆくと、
まず大きく
“気付き、みつめて反省し、あやまちの行く末を学び、理解することで体得し、断ち切ることのできる煩悩(見所断けんしょだん)”
“日常の中で自己を戒め、自己内省を通して繰り返し過ちを犯さないように心を矯正し、身につけることによって断ち切ることのできる煩悩(修所断しゅうしょだん)”とに分かれます。

う~ん、平たくいうと
“考えてわかったらなんとかなる勘違い”…見所断
と、
“痛い目に遭わんとわからんアホさ加減”…修所断
かなぁ。(ちょっと違うけど)

で、
“考えてわかったらなんとかなる勘違い”の方が、さらによっつにわかれるでありんす。

見苦所断(けんくしょだん)・見集所断(けんじゅしょだん)・見滅所断(けんめつしょだん)・見道所断(けんどうしょだん)。
ああ、まって!うんざりするまえに、もうちょっとおつきあいを。そないにむずかしあれへんから。

よく見ると、一文字づつ、違うだけみたい。
ほな、その文字はなんと書いたある?

苦、集、滅、道…。

そう、「苦集滅道(くじゅうめつどう)!」
お釈迦さまが言わはった、仏教の根本的な真理!苦しみを取り除くための方法を示した、四つの真理!
(これを、「四聖諦ししょうたい」と言います。)

さて、もうちっと具体的に見ていきますと、こんなぐあい。

まずは見苦所断。すなわち、“煩悩は苦しみって気づいて、その煩悩を断ち切ること。”
わかりやすいように、具体例として“むさぼり”で話をすすめますね。
「あ~、アカン。このケーキ食べたいってのは、“むさぼりの煩悩”で、後で苦しむやろから、やめとこ。」
これでやめれたら、エライよねえ。
ここでは話をすすめるために、見苦所断は玉砕することにしてえ。

つぎは見集所断。“煩悩による苦しみが集まることに気づいて、その煩悩を断ち切ること。”
「このケーキ食べたら、確実に太るよな…。やめとこ。」
ここでやめれる人もいます。やめれない人もいます。

このつぎは見滅所断。“煩悩による苦しみが集められることによって、身を滅ぼされることに気づいて、その煩悩を断ち切ること。”
「このケーキ、食べて太ったら、“あれ?太った?”とか、“…あれ?どちらさんでしたっけ?”とか言われてまうんやろな。…やめとこ。」
けっこう、キビシイです。バッド・エンドまで想像力を働かせる、っちゅう感じ。

さて、さいごは見道所断。“煩悩による苦しみが集められることによって、身を滅ぼされ、その後処理にまで思いを巡らせて、その煩悩を断ち切ること。”
「このケーキ食べて太って、社会的信用を失ってから、ジムに通ったり、毎朝10キロ走り込んだりして、やせなあかんねんやろな。…やっぱり、やめとこ。」
かなり、アンハッピー・エンディングです。ここまで想像力フル回転してみて、ようやくとどまるほどの煩悩、ってことかな。

そんでそんで、イマジネーションの力では虚しくも解決しなかった煩悩こそが、
“痛い目にあってはじめてわかる”修所断、ちゅうわけです。
「実際に、ジム通いしてるわ、ワタクシ。」
って感じ。


もう一息ですが、続きはまたの機会に。
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