--_--
--
(--)--:--

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
2012_09
10
(Mon)06:25

『盂蘭盆経』、現代語訳! その2

昨日の、つ・づ・き、でーす!(←頭、悪ィ感じだな…)



御仏は目連尊者にこう述べます。

「十方の衆僧たちは
七月十五日に雨季の間中の〈夏安居・げあんご〉を終え、
〈僧自恣・そうじし〉の時(修行僧ひとりひとりが、想い想いの振舞いをする日)を迎えます。

まさにこの日
“過去七代の父母および現在の父母の中の、苦しみを受けている者”のために
“百味の食事、五つの果物、水を満たした盆器、香油に燭台、敷物に座具など、出来得る限りのもてなし”でもって
〈十方の偉大な功徳ある衆僧たち〉を供養するのがよいでしょう。

この日こそが
「あらゆる聖者の集う日」であり、「あらゆる聖者に供養出来る日」なのです。

この聖者たちとは
たとえば
〈山に入って坐禅瞑想に打ち込んでいた者〉
〈「四つの道の果」という悟りを得た者〉
〈木の下で心を制しつつ歩む行を積んだ者〉
あるいは
〈六神通を自在に身につけることによって、出家者や求道者を導き続ける者〉
〈かりそめに出家僧の姿をとって人々の間におもむき皆の心を一つにまとめている、「十地」という悟りの境地に到った立派な菩薩〉などです。

彼らは
この〈自恣(盂蘭盆)の日〉の食事を受ける時も、清らかな戒めを保ち続けます。
皆、聖者の道にあるので
その徳は海のように溢れんばかりです。


これらの供養を受ける時も、彼ら自恣の僧たちは
施し主の現在の父母
過去七代の父母
六等親の親戚たちまでも
皆が三途の苦しみを抜け出て、素晴らしい悟りを得られるように願うのです。


現在存命中の父母ならば
幸福・楽しみが百年続くように

すでに亡くなっている父母のためには
思い通りの天国へと生まれ変わって
天の華の光に入り
はかり知れない快い楽しみが得られるように

願うのです」


こうお話になってから
御仏は
改めて十方の衆僧たちに対して勅命を発しました。

「どの僧であっても
施しを受ける時には
先ず
施し主の家の七代の父母のために
先ほどの通りの祈りを捧げるように。

そして
禅定に入った時の静けさでもって食事を受けるようにして下さい。

初めて盆を受ける時は(すなわち“初盆で新しい死者のいる家での施しならば”という意味か?)
まず仏塔の前にしっかりと座って(すなわち“その家の仏壇の前で”という意味か?)
衆僧たちは
先ほどの祈りを捧げてから食事を受けるようにして下さい」


このお言葉を聞いて
目連様も
この場に集まっていた大勢の菩薩様方も
皆大変お喜びになられたのでした。

目連様も
先程までの泣き声を
はたとお止めになっておられました。


この時
目連様のお母様も
このたった一日の功徳でもって
“一劫もの長い時間受け続けるはずだった苦しみ”から
脱け出すことが出来たのでした。
スポンサーサイト

C.O.M.M.E.N.T

コメントの投稿

非公開コメント

トラックバック

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。