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2010_07
15
(Thu)12:29

天狗の鼻は、ナゼ高い?(タイトルは、本文と関係ありません。)

 さてさて、2日も更新しないと、
結構気になって?見に来てくださった方もいらっしゃるようなので
(なんともありがたいことです!)
ちょっと話を進めましょうね。

「心のなかに神はいる」的な立場ですと、
自分のなかに尊いものがある、という確信 が持てて、
非常に生きる活力が湧きます。
自分の価値を、自分で高める ことが出来ます。
自分で自分をほめてあげられます。
なんたって、
「わたしのなかに、神はいる」んですもんね!

「なんだなんだ、いいことづくめじゃねえか!」
「オマエ、ダメだししてたんじゃねえのか!?」

と、ツッコミが聞こえてきました!(←電波系かよッ!)

いえいえ、この立場、わたし好きなんですよ。
いいところ、いっぱい あると思います。

でもね。(←やっぱり、そう来ると思ったでしょ?)

メリットだけでなく、デメリットも 考えてみましょう。

自分=尊い
となってしまうと、
まあ簡単に言うと、
「アイアム ア ナンバーワン!」
“天狗になりやすい”

ということなんです。もっというと、
“とっても天狗になりやすい”ということ。
ここで、
関西弁で言ってみましょう。
「ちょっと、ジブン、めっちゃ天狗になってへん!?」
(別に深い意味はありませんが。)

自分のかけがえのない価値を見出すのはすばらしいのですが、
やはり、客観的に自分をとらえる目を失ってはいけません。

たかだか人間の分際、どこまでいっても
“なにもかもわかってしまう”
ということはありえません。(=人間は、全知全能にはなれない)

ということは、常に学ばなければならないもの。
学ぶためには、学びたい対象(それが宗教的な真理に限らず)への
敬い、謙虚さ、慎み、
が必要なのです。

どこまでいっても、一学徒たること。
学び続ける、という姿勢。
いわゆる、
「無知の知」。

これを基本姿勢にするためには、
「心のなかに神はいる」的な立場では、
問題をはらむ可能性が高まる
、ということなんです。

どんな立場にもよい点はあります。
しかし、デメリットもしっかりと把握しなければなりません。
ということを、
言っておく必要があったんです。
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