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2010_10
14
(Thu)11:24

写経 その6 比叡山の写経の塔

ああ、久しぶり過ぎて、皆さんきっと忘れてるぅ。
写経の話は、まだまだ続くんですよ!


さて、前回の言い残しですが、マイ・フェイバリット・モンク(なんか失礼な言い方だな)円仁さんの、命懸けの一字三礼の法華経の書写は、なんと三年がかりだったそうです!
そしてそのすぃんずぃられない(信じられないくらい失礼な悪ふざけだな)偉業をみんなが褒め称えて、
「ここがあの、円仁さまが死にかけながら修行された木の洞穴ぞよ」
「ここにあの、命懸けの如法写経を埋めはったらしいぞえ」
「ほな、立派な塔を建てまひょか!」
みたいなノリで、みんながゾロゾロ比叡山の山奥までリスペクト巡礼してるうちに、あれよあれよとお堂が一つ建ち、二つ建ち…といった感じで、横川が比叡山第三の聖地として、
「ハイ、整いましたー」
となったんやなかろか、と。
(もちろん、円仁さんが中国から9年越しに帰って来てから、旅をお守り、お導きくださった仏様たちを、自分のホームグラウンドたる横川に、「横川中堂」として建てられた、ということが、直接的な発展のもとですよ!)
円仁さんのお師匠さまの最澄さまは、法華経の霊的パワーでこそ、この日本人を守ったんで~!!
と意気込んで、日本中の、カナメとなるところに法華経を千巻づつ写経して埋めて、鎮護国家の護法の塔を建てる、と誓願されました。
(それは全部で日本各地に六ヶ所、という構想でした。日本の東西南北の端と、中央にひとつ、そして天皇様のいらっしゃる近畿のためにひとつ。中央の塔が比叡山の東塔、近畿の塔が西塔なのです!ただし現存せず、復興したものや、構想までで、実現しなかったものもあるようです。良かったら、調べてみて下さい。六所宝塔といいます。←youtube動画、貼っておきました)
うーん、なんか写経からはずいぶん遠ざかってしまった感じもするけど、この国は、写経のスーパーパワーで守られている(少なくとも、そういう壮大なプランがあった)
というのが、今回のまとめかな?
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