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2010_11
03
(Wed)11:14

マボロシのあとがき、大団円~!

今日は休みなので、早速アップしちゃいます!
(イロイロやらなきゃならないこともあるので・・・)
最初の部分は、このブログで昔書いた記事とかぶってます。
(もともと媒体が違うから、気にしなーい!)
では、行きます!



 私は今、鎌倉の観光地でもある寺院に勤めておりますが、大勢来る子供たちのなかには、「南無阿弥陀仏」も知らない子が、結構いるようです。元気のいい職員が、「この阿弥陀様に南無阿弥陀仏ってお唱えすると、死んでから極楽に行けるんだよ!」と教えると、素直というか、喜んで「じゃあ、言う言う!」となります。ところが、
「ナミアミ…あれ?なんだっけ?」
聞いたこともないから、うまく言えない、のです。
これは、そら恐ろしいことだとは思いませんか?法然上人以来、八〇〇年間、日本人の誰もが知っていた、日本人の多くが極楽へと救い取られていった言葉が、途絶えようとしている…。大袈裟ではありません。なぜなら、今の子供たちの祖父・祖母たちが、すでに念仏を唱えない世代になってしまっているからです!年寄りが唱えないのに、子が唱えるわけがない。ましてや、孫はその言葉を知る由もない…!
私は、忍澂上人の真剣に受け止めた神仏の世界を、やはり真剣に受けております。ですから、僧侶なのです。阿弥陀様は、私たちの罪の深さにかかわらず、誰もをお救い下さる、とお誓い下さいました。心底、有り難いことだと思っております。ところが、です。救い取って下さるには、ひとつだけ条件があるのです。それは…
南無阿弥陀仏と唱えること。
念仏を唱えない者は、救うことが出来ません。それは、電話番号を知っていても、かけなければ、決して繋がらないのと同じ。そして、これを皆さんにお伝えできるのは、私を含めた僧侶だけであり、この単純にして偉大な教えが受け継がれなくなっているのは、私を含めた僧侶の怠慢、という他はないのです。

不断念仏道場をもう一度取り戻すのは、かなり難しそうですが、まず私が、ひと声でも多く念仏を唱えて、一人でも多くの人に念仏を唱えてもらうことが、師と、阿弥陀仏様の御心にかなうことではないか、と痛切に感じておる次第です。

最後に、この原稿の本文が書き上がったのは、なんと弁才天様の年に二回の大祭である、十月最初の亥の日!の次の日でした。一日遅れというところが、いかにもへぼい不肖の弟子らしい…。
そして最後の最後に、この貴重な機会をお与え下さいました法然院住職・梶田真章上人、貴重な資料をお貸しいただきました、忍澂上人と大蔵経研究の泰斗でいらっしゃる大学時代の恩師でもある松永知海先生、そしてむちゃなスケジュールを快諾して下さった風濤社の高橋栄社長、また素晴らしい法然院の写真を撮影して下さったカメラマンの上條道夫氏、その他、本の完成に至るまでお世話になった方々、そして、カンヅメ状態になった私を支えてくれた妻と娘に、最大級の感謝を捧げたいと思います。

では、ここからは声に出して読んでください。
南無阿弥陀仏。南無阿弥陀仏。南無阿弥陀仏。
合掌。

平成二十二年十月八日
                        桝田 英伸  拝


追伸
 この訳を書きながら、調べておくべきテーマをいろいろ見つけつつも、後回しにしてきました。ので、雑感をまじえて、それらを発表する場として、ブログを立ち上げました。
『忍澂上人研究』というタイトルで、JUGEMというプロバイダーを使用しています。
アドレスは、http://nintyo-eishin.jugem.jp です。
ひやかし気分で、お立ち寄りくださいませ。
合掌。



以上です。
如何でしたでしょうか?
ちなみに、10月の初めの亥の日、というのは弁才天様の縁日として非常に重要な日でして、
弁才天様を熱烈に信仰された忍澂上人にとって、因縁浅からぬものを感じるのです。
ただ、書き直したあとがきには流れの都合上、割愛しました。タイミングもずれてしまった感がありまして…。
このへんの、へぼい訳者ながらも少々びびってしまうくらいのタイミングのよさ、というのも、
本編を読んで頂ければおわかりいただけるかと思います。

さて、詳しい発売日、価格などは・・・
スミマセン、もうしばらくお待ちを!
11月17日くらいになれば、正式にわかると思います!



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