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2010_06
16
(Wed)06:57

念仏を知らない子どもたち

  今、ワタシメがおりますお寺は、某観光寺院であります。
けっこう、大勢の小学生なんかも来るんですが・・・。

 ウチのお寺で声もでかくて笑顔も大きい、お坊さんじゃない職員のM氏は、
機会があると、阿弥陀堂の前で騒いでいる小学生たちをつかまえて、

きみたち、阿弥陀さまに手を合わせて、南無阿弥陀仏って言おうねー。
南無阿弥陀仏ってお唱えしたら、死んでから極楽っていう、
天国みたいなところに行けるんだよー
(と言われるのも僧侶的にはちょっとトホホなのですが・・・まあ、わかりやすいのが一番、ということで)。」

仕込んで教えてあげています。
まさに浄土宗の僧侶は、かくあるべき、と仲間うちで反省しておりますです。ハイ。

で、子どもたちの反応は、というと、
えー!!そうなんだー!!言う言うー!!
とノリノリになって、大きな声で念仏を申すんですよ!
今の子たちは、仏教を知らないからこそ、すなお、なんですねー。
これを読んでいるプロの方々、とにかく始めなくっちゃ、ですよー!

ところが、です。

「えー!!そうなんだー!!言う言うー!!
なむあみだぶつー!」
「なみあみ・・・あれ?なんだっけ??」

そう、「なむあみだぶつ」と上手に言えない子がいるんですよ。
それもけっこうな割合で。

これはつまり、
今までの人生でまったく
「南無阿弥陀仏」と聞いたことがない、
ということ。
聞いたことないから、もちろん、言ったこともないわけで・・・。

もう、ね。
「お家に仏壇のないひと!」「はーい!」
どころじゃないんですよ。
都会じゃ、仏壇はなくって当然(そんなもの置く場所もない、それどころか必要性を実感することすらない)。
そんなマンション暮らしの若い世代だけの核家族、というものが大半になってしまっている。
まわりに、リアルな仏教なんて存在しない、
というのがむしろ当たり前。

もう、昔みたいな“信心深いおばあちゃん”は周りにひとりもいないんですよ。
だから、「なんまんだぶ、なんまんだぶ」も聞いたことがない。
今のおじいちゃん、おばあちゃんたちは、団塊の世代くらいだったりします。
団塊の世代って言ったら、古い価値観を変えていった人たちですからね、
もっとも遠いキャラが“信心深いおばあちゃん”じゃないでしょうか!?
だから、孫たちに「先祖が脈々と伝えてきたその価値観」を教えられるわけがない!!のですよ。
まことに、まことに残念ながら・・・。

(もちろん、これは最大公約数の話であって、これにまったくあてはまらない、
すてきなおじいちゃん・おばあちゃん、
尊い信仰者の方々も大勢いらっしゃいますよ!)


これを読んでくださっているみなさん、
「きまぐれにやってみた」でも、
「かたちだけのなんちゃって」でもいいから、

人を越えた大いなるもの―神さま仏さまに
手を合わせてみる

ということを始めてみませんか?

日本人なら、そのDNAのなかに、
必ずもっているんですよ!
“信心”を。
ただそれが深いか、浅いか、というだけで。

信心浅くってけっこう!上等!

なんせ、始めなければ、
なんにも気づかないし、見えてこないし、わからない。



まあ、無理なことは続きませんし、
楽しく、肩ひじ張らずにやってみる、
お気楽な“信心研修”。

面白そうかな?

と思って下さった方、
またのお越しをお待ちしております(m u_u m)




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