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2011_01
28
(Fri)16:51

“おみくじ”の本質、大公開~!

えっと、「あみだくじ」の解説もしなきゃいけないんだけど、
やっぱり「くじ」の本質について、先に書きますね。

今の人は、“ただの運だめし”くらいの感覚でくじを引くのかな?
でも、まずはどこで引きますか?
神社?お寺?
そことあなたとの関係は?
“氏子、檀家である”
“常に崇敬している”
“悩み事があると、お祈りに来ている”

上記の点で思い当たらないようなら、こういっちゃ悪いけど、どこかの寺社で思いつきで引くおみくじなんて、「ただの運だめしごっこ」にすぎませんよ。
現に、大吉なら喜んで、凶なら嫌になる、それだけでしょ?

昔の人は、人生の重大な決断の時にくじを引いたのです。
私の大好きな明恵上人というお坊さんは、インドに行きたくってしようがない、旅行の工程表から道具の支度までして、最後、“インドに行ってもいいか?”氏神様の春日明神にお尋ねするために、くじを引くのです。
結果は「否」。
断腸の思いですが、あきらめるんですね。

ちょっと理解出来ない?
たかだか“くじ”ごときで、人生決めちゃうなんて…

“くじ”がただの“運だめしごっこ”という感覚なら、そうなるでしょう。

しかしですね。
そもそも、“くじ”とは…
“神意を確かめるための道具”なのです!
直接、神の声を聞く
となると、才能と言うか、特殊能力がかなり必要になりますが、
“くじ”なら、誰でも引けますもんね!
ただ、その引いた“くじ”が神意を反映してるかどうかは、
“お尋ねする神様を真剣に崇敬しているか?”
“悩みに対する解答を、本当にくじで求めているのか?”
まあ、こちらが真剣かどうかが問われてくるわけですね。

“くじ”は、ただの運だめしではない。
自分では決めかねる人生の重大事項の決断の際に、お伺いする“神仏の意見”である。
人では到底計り得ない、“神仏からのお告げ”である。
そう!
万人に開かれた、目に見える形の“お告げ”、
それが“くじ”なんです!
だからこそ、“御”をつけて“御くじ”と丁寧に表現していたものが、いつの間にか“みくじ”という一般名詞のようになってしまって、
さらに丁寧に表現したくって“御みくじ”となった、と思われます。

ちなみに、さっきの明恵上人の話ですが、インドに行くのを断念した年、インドではイスラームが進軍して来て、特に仏教寺院を中心に破壊の限りを尽くし、インドから仏教がなくなった年だったのです…。
明恵上人は知る由もありませんでしたが、春日明神様はご存知だったのでしょうね。
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C.O.M.M.E.N.T

記事を読んでいて心(魂)が震えました。
やはり、生きているって些細なことで感動しますね。
やはり、私にとっては「おみくじ」の言葉は現実の言葉として自分が受け取ったと思っています。
記事を読んで感動しました。
おみくじの吉凶より言葉にいつも救われています。(殆ど大吉なので私の人生、今で大吉と現実逃避しているのですが)笑い!
ありがとうございます。

2011/01/28 (Fri) 20:51 | 桃 #- | URL | 編集 | 返信

桃 様、
毎度のご閲覧そして今回もコメント賜り、まことにありがとうございます。
いやあ、それほど大した記事ではありませんがね。ただ、世間では、本質まではたどり着かない、通り一辺をぺろっとなでたような説明が幅を利かせているだけで…。(無責任な孫引きの無限増殖、と言いましょうか、“孫引きステレオタイプ”とでも命名しましょうか!?)
なんせ、自分の気づいたことに責任を持って、なるべくわかりやすく語ろうとしているつもりですので、何か感じ入るところがございましたら、幸いです!
合掌。

2011/01/28 (Fri) 23:42 | えいしん #- | URL | 編集 | 返信

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