2011_09
12
(Mon)21:30

お月様にいるのは、ひきがえる!?

今日は中秋の名月。
皆さんは、お月見はしましたか?
ちょいとパソコンの画面から目を外して、お空のお月さまをごらんあれ。

観ました?

でわ、話を進めませう。

ええっと、すっとんきょうなタイトルですが、
「ナニ言ってんだヨゥ!お月様にいるのは、ウサギに決まってるじゃんかヨゥ!」
ですって?

ええ、そうなんです。
でも、もうひとり(いや、いっぴきか)お月様にいるのが、「蟾蜍(センジョ・ひきがえる)」。
古代の中国では、お月様にいるのは“ひきがえる”と言われていました。
あ、なんでかは聞かないでね。なんでだろね。

それともうひとり。いや、いっぽん。
お月様にはえているのが、「桂の木」。
なんでも、桂の葉っぱは真っ黄色に紅葉するそうで、
昔の中国の人は

お月様には桂の木が生えていて、葉っぱが真っ黄色だから
お月様も黄色いんだぞなもし。

と考えたようでありまして…。

ちなみに、
お月様にある「桂の木」だから、
「月桂」。

ついでに、この名前は、西洋の「ローレル」を和訳するにあたって借用されて「月桂樹」。
その葉っぱで編んだ冠は、「月桂冠」。



さあ、月の景色がそろいました!

実は、おみくじのなかに、この景色が出て来るんです!

第四十九、吉。
正好中秋月・蟾蜍皎潔間・暗雲如何処・故々両相攀。


まさに好し、中秋の月。 

蟾蜍(=ここではお月様の別名)が白く清らかな間は
(つまり、雲間から秋の満月が出ている様子)

黒い雲もどこにあるというのか。

古なじみ同士、二人してよじ登る。




最後の一句がわっかりにくいのですが、
「故=ふるなじみ」×2。
昔からの知り合いが二人。
これが、つまり
月に住む「うさぎ」と「ひきがえる」。

「相(とも)に攀(よ)じのぼる」
何にのぼるかって?
それはもちろん
月にはえている「桂の木」。


ね?オールスターが出てきたでしょ?

秋の満月のなかで、
幼なじみの「うさぎ」と「ひきがえる」とが仲良く「桂の木」によじのぼっている。


・・・それがどうしたって?
じゃあ、もう少し判じましょうかね。
大きな声では言えませんが、ワタシメ、おみくじにはかなり詳しいんで。


冴えわたる月。そう、まるで秋の名月のような。
今までの問題がウソのように去って、すっかり心も晴れ渡る。
それは、昔からの大切な友に出会ったから。
今だけは、いやな事は忘れて心から楽しもうではないか。



こんな塩梅かな。


でも実は、ちょっと気になることもあるんだよね。
これ、男女関係でも読めちゃうんだよね。

そうなると・・・
このおみくじを引いた人は、もしかしたら、日常を忘れちゃうような恋愛をしているのかも!?


・・・まあいいや。

おみくじは、今のあなたの運気の状態を教えてくれます。
吉や凶にとらわれずに
自分を見つめ直す鏡として
参考になさればよいかと思います。


なんの話だっけ!?
ずいぶん着地点の違うオチになっちゃったな…。
2011_02
02
(Wed)12:45

「観音百籤」のこと その2

さてさて、「観音百籤」が置いてけぼりになっちゃった感がありますが、
この流れで行くと、おわかりですよね!?
何がって?
このおみくじの、本質ですよ!
そう、このおみくじの本質とは、
百種類もある、“漢詩”なんです!

今はねぇ、スルーしちゃうでしょ、“漢詩”。
「だって、読んでもわかりにくいんだモン!」
「そんなの、あったっけ?」
「吉か凶しか、見ないッス。」
「あと、恋愛運と?」

OTL

あいたた、たった…パンパン(と、膝を払う)

いや、それは、みんなが悪くねえヨ。
だって、わかりにくいんだヨン!ケロンパ!
(←ヤケになってねえか…)

最初はネ、漢詩だけ だったの。
でも、みんな難しくてわかりにくいから、吉・凶がついたの。
①でも、まだよくわかんないから、「稲荷を参りてよし」「観音を信じてよし」って、
 近くのどこかの神サマや仏サマを拝んだらいい、っておまけを書いたの。
②それから、「病気・悦び事・待ち人」などなど、みんなの悩みを先回りして答えを書いておいたの。
③もっと親切にネ、「このおみくじをひいた、お医者サマは…、お侍サマは…」って感じで、職業別、なんてのも始めてみたの。

結局、③は滅んで、①もごくまれ。
②が勝ち残って、発展していくの。
あまつさえ、一番大事なはずの“漢詩”がなくなったものまで…!(しかも結構ある。)

とまあ、オネエしゃべり?も飽きて来たのでこれぐらいにして、

派生的な部分ばかりが脱線して大きくなって現在に至るのですが、
どうしてそうなったか、というと、
実は、江戸時代の日本人がすでに、漢詩をよく理解出来ていなかった!
という衝撃のオチがあるのです。
すでに誤植。
すでにナゾ・ヤケの解説。
それを写本して新たな質の悪いみくじ本の流布。(みくじ本というのは、かなり流行ったようです。)
誤植が増殖し、
ナゾがナゾを、ヤケがヤケを呼ぶ。
そうして、漢詩はすっかり「おかざり」となる。

あまつさえ、ニュー・ジェネーションが
「こんなの、いらなくね?」バッサリ。
と、なくなってゆく。(今、その途中。)

なんだか、惜しくありません?
“漢詩”って、一体何が書いてあるんだろ?

なかなか面白いんですよ。バラエティ豊かで。

大きな声では言えませんが、うちのは、今はすごくイイ!ですよ。
2011_01
31
(Mon)19:49

「観音百籤」のこと その1

タイトル見て、???となりました?
何のことやら、というと、
いわゆる「お寺のおみくじ」。
天台宗系の寺院では、比叡山横川で大活躍された良源さまにあやかって
「元三大師みくじ」と呼ばれておりますが、
どうもルーツは中国で、北宋時代に天竺寺というところで始まった観音さまのおみくじ、とか。
まあ、かの元三大師も“如意輪観音さまの化身”だそうですから、セーフなんじゃないですか?

なんだかんだ、江戸時代に爆発的にこのおみくじが普及するのも、例の触れ込みで天台宗系寺院から広まった、と思われ…。

そう、天台宗から始まって、他の宗派も扱い出し、神社にも(!)置いてあったのです。
あれぇ?今は神社のおみくじって、お寺とは違うっぺよ!?

何がどう違いましょう?

そう、お寺のおみくじには“漢詩”が書かれているけど
神社のは“和歌”なんですね~!

あれは、明治から。
神仏分離で、新しく編み出したのです。

「なんか、漢詩って、仏教臭くね!?」
「そうッスよ!やっぱ、日本人なら、“やまと歌”だと思うッス!」

やまと歌=和歌。
昔から日本人は、和歌のなかに“神の声”を聞き、
あまつさえ、和歌そのものを、“神そのもの”とさえ、考えて来ました。
ですから、「和歌みくじ」という発想はとてもいいでしょう。

ただし、その歴史はあまり古くない、ということくらいは知っておいてください。

新しいこともあって、結構伸びやかな美しさがありますよね!
和歌みくじでも、何系統かあるみたいなんだけど、どれくらいあるんでしょうね!?
市販おみくじのシェア、9割?を誇る、某社さんに質問できれば、わかるんでしょうけど。
2011_01
28
(Fri)16:51

“おみくじ”の本質、大公開~!

えっと、「あみだくじ」の解説もしなきゃいけないんだけど、
やっぱり「くじ」の本質について、先に書きますね。

今の人は、“ただの運だめし”くらいの感覚でくじを引くのかな?
でも、まずはどこで引きますか?
神社?お寺?
そことあなたとの関係は?
“氏子、檀家である”
“常に崇敬している”
“悩み事があると、お祈りに来ている”

上記の点で思い当たらないようなら、こういっちゃ悪いけど、どこかの寺社で思いつきで引くおみくじなんて、「ただの運だめしごっこ」にすぎませんよ。
現に、大吉なら喜んで、凶なら嫌になる、それだけでしょ?

昔の人は、人生の重大な決断の時にくじを引いたのです。
私の大好きな明恵上人というお坊さんは、インドに行きたくってしようがない、旅行の工程表から道具の支度までして、最後、“インドに行ってもいいか?”氏神様の春日明神にお尋ねするために、くじを引くのです。
結果は「否」。
断腸の思いですが、あきらめるんですね。

ちょっと理解出来ない?
たかだか“くじ”ごときで、人生決めちゃうなんて…

“くじ”がただの“運だめしごっこ”という感覚なら、そうなるでしょう。

しかしですね。
そもそも、“くじ”とは…
“神意を確かめるための道具”なのです!
直接、神の声を聞く
となると、才能と言うか、特殊能力がかなり必要になりますが、
“くじ”なら、誰でも引けますもんね!
ただ、その引いた“くじ”が神意を反映してるかどうかは、
“お尋ねする神様を真剣に崇敬しているか?”
“悩みに対する解答を、本当にくじで求めているのか?”
まあ、こちらが真剣かどうかが問われてくるわけですね。

“くじ”は、ただの運だめしではない。
自分では決めかねる人生の重大事項の決断の際に、お伺いする“神仏の意見”である。
人では到底計り得ない、“神仏からのお告げ”である。
そう!
万人に開かれた、目に見える形の“お告げ”、
それが“くじ”なんです!
だからこそ、“御”をつけて“御くじ”と丁寧に表現していたものが、いつの間にか“みくじ”という一般名詞のようになってしまって、
さらに丁寧に表現したくって“御みくじ”となった、と思われます。

ちなみに、さっきの明恵上人の話ですが、インドに行くのを断念した年、インドではイスラームが進軍して来て、特に仏教寺院を中心に破壊の限りを尽くし、インドから仏教がなくなった年だったのです…。
明恵上人は知る由もありませんでしたが、春日明神様はご存知だったのでしょうね。
2011_01
24
(Mon)06:38

「おみくじ」って、どんなカンジ!?

どうもどうも。すっかり記事更新を怠っておりますです。
のぞきに来て下さる方には申し訳ない次第です。

いや、書きたいネタはいっぱいあるんですけどね、ちょっくら忙しくって…

さあ、というわけで、正月気分もすっかりありませんが、

おみくじ特集したいと思います!
(今更かよ…)

ところで、「おみくじ」って、漢字でどう書きますか?

よくあるのは
御神籤

でもお寺に行くと
御仏籤

他には
お御籤

さらになんだかわけわかんないのが
御御籤

「御御??」

そう、実は、「おみくじ」の「お」も「み」も、
ともに“丁寧さ”を表わす接頭語だったんですね~!
(こういうの、他にもあります。たとえば「おみこし」。これも「御神輿」「御御輿」と書きますもんね!
ちなみに、「輿」とは“車の、人が乗る箱の部分”。“天子の乗る車”。)

ですから、本質的には「くじ」。

「くじ」を漢字で書くと
「籤」(よくみるやつ)
「鬮」(長谷寺のおみくじはこの字)
「孔子」(最初に見た時は、あの儒教の大家の人のことが急に出て来た、と思ってコンランしました…)

どうも「孔子」あたりは
“音が同じ”といった当て字のたぐいっぽいので、まず外してぇ、

「鬮」も、もともとは“たたかいとる”と言った意味らしく
(これ、“もんがまえ”じゃなくって、“たたかいがまえ”ですよ!そんなの、知ってた?
“たたかいがまえ”のなかで、手が取っ組みあってる感じ。
だから、イカツイ、ヤヤコシイ「亀」の字のほうがいいわけやね。「」←コレ
「とっくみあって奪い合うんなら、くじで決めて!」と昔のだれかが叫んで、
「じゃあ、この字を“くじ”って意味につかおうぜ!」とだれかが言ったんだろうな…)

というわけで、やっぱり、普段見慣れた「籤」の字に落ち着くのでした。なあんだ。

「籤」の字は、
“細く裂いた竹の串”といった意味合いがたぶんもともとで、いわゆる「竹串」かな?
その竹串の束を、なにか物の数を数える時の「かずとり」に使ったらしく、
その数によって、例えば
“捕れた魚を公平に分配する”カウントに使ったのか、

その「竹串様」の言うとおりに従わなきゃならない
みたいな、共同体特有の空気感
を経て、

神意を問うため、吉凶を占うためのマジック・アイテム

と、変化していったのではなかろうか、と。


辞書の意味から、テキトーにでっちあげてるんで、正しいことご存知の方、教えて下さいね❤


…まだ続きます。(ちょっと気長に待ってね❤)
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